まずは資料請求
「ふ、ふふ」
六十二周目。
開始初っ端からルイはダウン寸前だった。
「か、髪を……髪を切らなかったからやり直し……?」
座右の銘は天上天下唯我僕尊。将来の夢は僕動説。
そんな男をして前周のストッパー要素はあまりにも理不尽極まるものだった。
「お、お前……お前……」
心が折れるようなことはあり得ない。
これで折られるような可愛い人間ならここまで腐り切っていない。
とは言えだ。あまりに馬鹿馬鹿し過ぎてやる気がなくなるのも事実。
「知力の要求水準も大概理不尽だけどこれはないわ……」
今回ばかりはぐうの音も出ない正論だった。
確かに乱れたヒロインの髪を整えてあげられるのは絵になる。
Bパート終了直前。エンディングへ入る前の絵ヅラとしては中々のもの。
だがそれを現実でやれというのはあまりに酷だろう。
「これ絶対、素人が軽く整えるとかじゃ駄目だろ……」
知力で東大満点合格レベルを求められるのだ。
ヘアカットの技術もプロの水準を求められても不思議ではない。
何ならカットだけでなくその他、メイクやパーマの技術まで必要になる可能性も十分にある。
つまるところ美容師免許を取れるレベルだ。
「……」
立ち上がりのろのろと洗面所に向かう。
じっと鏡を見つめルイは言う。
「……酷い顔だ」
!?
「……ここまで酷い状態でも全人類より上なのは流石と言わざるを得ないが」
何だ何時ものカスか。
「でも今の僕は百点満点じゃない。99.9999999999999999999999999999999999点ぐらいだ……」
凹みながらイキるという新境地のウザさ。
ここに来て壁を超えるのは流石と言わざるを得ない。
「……こんな顔じゃ、さっちゃんに会えないよ」
そうして時は流れ一年後の夏。
「はぁ……はぁ……クソッ!!」
どれだけ体をいじめ抜いてもまるで成果が出ない。
「――――何と愚かな」
己の無能に呪詛を吐く幸男の耳に男とも女とも知れぬ声が聞こえた。
「!?」
弾かれたように当たりを見渡すと闇から削り出るようにそれは姿を現した。
修験装束を纏い仮面をつけた謎の人物……まあ、ルイである。
合わせる顔がないんじゃないのかって? だからこんな格好してんだよ。
マンネリ夫婦がちょっと変わったプレイをするようなもんである。
「……何者だ」
「我が何者かなぞどうでもよいわ」
シャン、と錫杖を打ち鳴らしその先端を幸男に突きつける。
「力が足りぬ、知恵が足りぬ」
「……そんなことは言われなくたって……!!」
「だが何より――――其方には心が欠けておる」
ルイの体から殺気が放たれ幸男は咄嗟に身構える。
幸男の思考が戦闘に切り替わったのを確認しルイは仕掛けた。
「ぐぁ!?」
錫杖で絡め取るように幸男を投げ飛ばす。
その行動がまんまモモのそれと同じなことにルイは気付いていない。
「……ッッ!!」
立ち上がり拳を繰り出す。撫でるように腕を取られ投げられる。
再度立ち上がって仕掛ける。投げられる。
何度かそれを繰り返したところで幸男はようやく気付いた。
「なん、で」
謎の不審者が霊力を使っていないことに。
そう、ルイは敢えて霊力を使わず技術だけで幸男を捌き続けていた。
圧倒的実力差を見せつけるためだ。
「霊力を用いずとも正しく技を身に着ければこれこの通り」
「かはっ……!」
「小僧一人どうとでも出来る」
さあ立てと促し幸男の体力が完全に尽きるまでルイは投げ続けた。
「小僧、強くなりたいか」
指一本動かせず倒れ伏す幸男を見下ろしルイは言う。
幸男は血を吐くように告げる。強くなりたいと。大切な人を守る力が欲しいと。
惨めで惨めでしょうがない。自分は何をやっているのか。
はらはらと涙を流す幸男にルイの心はリアルタイムで救われていた。
(あ^~良い。良いぞぅ。荒んだ心が秒単位で癒えていくぅ)
そうして何時もとは違う形で師弟関係を結び、ひと夏の逢瀬を楽しんだ。
幸男と別れてからは式神を学校に行かせルイ自身は旅に出た。
日本全国津々浦々。残り時間をフルに使った観光だ。
【お前がスパダリになれなかったせいで世界は滅びました。あーあ】
そしてリザルト。
何時もの定型文と共にブラウンがルイを迎えた。
「そりゃ滅ぶだろ。僕何もしてないからね」
ごろんと寝転がりルイは言った。
どうやら直ぐに旅立つつもりはないらしい。
【……まあ、そうですね】
普段なら説教か嫌味の一つでも口にしていた。
しかし今回ばかりはブラウンとしても何も言えない。
【次は、海外とかもどうです? 良い気分転換になるでしょうし】
流石にこのテレビも分かってるのだ。
あまりにも理不尽なストッパー要素だと。
自分で伝えておいて何だが本当にあれはねえと。
【私的にはウユニ塩湖とかおススメです】
「確かに有名だな。しかし僕が行けば天空の鏡が霞んじゃうんじゃないか?」
【あなたがあまりに美し過ぎて?】
「うん」
【あっはっは】
だからこそ今回はルイに対して同情的だった。
こんなやり取りに付き合ってやっても良いと思うぐらいには。
「……ちなみに聞くが」
一通り観光トークを終えたところでルイが切り出す。
【はい】
「ヘアカット技術はどれぐらい必要だ?」
【……】
重苦しい沈黙が続く。
普段のルイならクレーマーの如く急かしていただろうが今回はそれもなし。
穏やかな瞳に見つめられ、やがて観念したようにブラウンはメッセージを表示した。
【……カリスマ美容師ぐらい】
「またぞろ古臭い言葉を使うね」
まあでも分かったとルイは立ち上がる。
【行くのですか?】
「ああ」
頷き、ルイは言う。
「まずは専門学校の資料請求からだ」
神央累、カリスマ美容師(死語)への道が始まった。




