あちゃぁ 前
「たかだか二週間でこうも化けるかね」
東京に戻るやルイは待ち構えていたモモに訓練場へと連れ込まれてしまった。
ハジメから話を聞き好奇心が疼いたようで彼女は隅の方でゴメン! と手を合わせている。
「……そりゃどうも。腕試しは明日で良くないかな? 疲れてるんだけど」
「何を仰る。“ベストコンディション”だろうに」
二週間もパワースポットで霊力を励起させ続けていたのだ。相応の疲労は蓄積している。
いや普通は疲労どころでは済まないのだがそこは置いておこう。
今ルイは疲れているが弱っているかと言えばそうではない。
余計な力みが抜けているお陰でむしろ普段より動きは良くなっている。
モモはそれを看破しておりだからベストコンディションだろうと笑ったのだ。
「それにこれから私の弟子になるんだ。どれほどのものか改めて確かめておきたい」
「そう言われたら断れないけど何で九十九さんが?」
この時間はまだ座学をやっているはず。
それが何だってこんなところに連れて来られたのか。
「いや何。一流の領域に触れさせてあげようと思ってね」
九十九一は凡庸な人間だ。
運動に秀でているわけでもなければ駆け引きに長けているわけでもな。
どれもこれも人並。しかしその異能は規格外の一言。
それだけでその他一切を置き去りにして超一流の領域に辿り着ける可能性を秘めている。
「きっと良い“刺激”になる」
「……なるほど。もうそこまで」
ただ見るだけで殻を一つ破れるぐらいには仕上がっている。
他ならぬモモの見立てなら間違いではないだろう。
「おや途端にやる気が。本当に愛されてるねえ」
ひゅーひゅーと囃し立てられハジメがからかわないでください! と顔を赤くした。
何か甘酸っぱい空気だが、
(古臭いリアクションしやがって。今時ひゅーひゅーなんて言わねえよ。
そして九十九、お前も勘違いするなよ身の程を知れ。
お前が世界を滅ぼす爆弾でなければ秒も関わるつもりはないわ)
それがルイの怒りを刺激し感覚を研ぎ澄ませる。
今のルイは一秒前のルイよりも更に強くなっていると言えよう。
「では始めようか」
「ああ」
と頷くと同時にモモが駆け出した。
ルイが僅かに目を見開く。
何十周にも及ぶ繰り返しでこういう時はかかっておいでが常だったからだ。
それでも驚きはあったが焦りはない。だって本気ではないから。
モモが本気ならギリギリ視認出来るぐらいの速さ程度で済むわけがない。
ハジメに見せるためということで良い勝負になるよう力を抑えているのだろう。
「初めて切り結んだ時にも思ったけど」
扇子と二刀で剣戟を繰り広げながらモモは言う。
「随分と強かな剣筋をしているね。君は」
ぴょんと跳ねて背後に回ったルイが上下逆さのまま刃を振るった。
モモは首筋に迫る刃を扇子で弾き返す刀でルイを狙う。
攻められる側に回ったルイも慌てず騒がず伸びたモモの腕を支点にひらりと回避。
こんな曲芸染みた立ち回りが強か? ああ強かだとも。
外見と内面がぞっとするほど乖離しているのが神央累ならば振るう剣も同じだろう。
「あの時は怒りのせいで些か拙さもあったが今は違う」
靴裏の摩擦を消して滑るように動きながら剣を振るうルイに対処しながら続ける。
「若人のみならずそれなりに歳を重ねたものでも程度の差はあれ華を求めてしまう」
立ち回りの中で最優先されるのは目的を達成するための効率。ここは揺るがない。
だが熟練の人間でもその最適な動きの中で許される華を求めてしまいがちなのだ。
勿論、余裕のある状況下においてと但し書きはつくが。
「多くの只人とは一線を画する力を振るっているというある種の特権意識だろう」
特別であるという無意識の自負が行動にも表れてしまう。
「だが君はその逆だ」
意図して派手な動きをしている。
「その裏に静かな打倒の意思を忍ばせて」
派手な動きで目を眩ませるのはフェイントの定石だ。
しかしルイのそれは単純なフェイントではない。
「派手な動きがまるで嘘に思えないのが恐ろしい」
目眩ましであるという意識が薄れるのだ。
これが真実、神央累という人間のスタイルなのだと思わされてしまう。
当然だ、
「私ですら分かっていて尚、少し見失いそうになるんだからね」
だってルイにとってはどちらも真実なのだから。
華やかな動きで承認欲求を満たしたいし利益もしっかり欲しい。
そんなしょうもない動機に根差したのがこのスタイルなのだ。
ルイの浅ましさを知らぬ者では真実には辿り着けない。
その結果、モモですら惑わすような立ち回りに昇華してしまったのだ。
「……おだてても今、ガムぐらいしかないよ」
「純粋な評価だよ、と」
鍔ぜりをしていた二人が同時に後ろへ飛び退く。
準備運動は終わり。ここからは術も交えたオールレンジで行くという意思表示だ。
「……すっご」
訓練場の隅に張られた結果の中でハジメが呆然と呟く。
ルイとモモ。二人は幾つもの手を同時並行で打ち続けていて片時も切れ間がない。
一つ一つのアクションすら余人にはやっとというレベルなのに彼らは何なくやってのけている。
事前にモモから視覚を強化してもらっていたので見えるし理解も出来てしまう。
あの超絶技巧の応酬はそれだけで金が取れる値千金の光景であると。
「年齢不詳の一ノ瀬さんはともかく神央くんは私と同い年なのに……ひゃっ!?」
一瞬、モモがこちらを見た。妙齢の女性に歳の話は厳禁ということだろう。
小さく頭を下げ観戦を続行するが……。
「いや無理でしょ」
モモはこれを参考にみたいなことを言っていた。
しかしハジメには自分があんな風になれるなんて微塵も思えない。
「……」
結局私は迷惑をかけるだけ。神央くんの足を引っ張ってしまう。
暗い考えがじわじわと胸を苛み始めた正にその時だ。
「ぇ」
突然、ルイが自分の方に何かを投げた。
足元に転がって来たのは。それは攻防の中でモモから奪い取った扇子だった。
何となく、何をすれば良いかが分かった。
ハジメは半ば無意識の内に扇子を拾い上げ力を発動。
不完全な付喪神と化した扇子をルイに投げ返した。
「手癖が悪ければルールも守らないと。悪だね~」
「別に僕一人で戦えとは言われてないけど?」
二刀から扇子に持ち替えバッ! と勢い良く広げる。
瞬間、五行の属性を示す光玉がルイの背後に浮かび上がった。
「そりゃそうだ!」
木→火、火→土、土→金、金→水、水→木と光の線が結ばれ五芒星が形成。
五芒星の陣から絶え間なく放たれる光線がモモに殺到する。
「流石、あなたの私物だけあって強力な異能が使えるらしい」
そこでルイはクスリとハジメに笑いかける。
「九十九さん! ナイスアシスト! お陰でちょっとは痛い目を見せてやれそうだ!!」
その発言の意図は明白で、
「……うん!!」
ハジメの暗い気分は一瞬で吹き飛んでしまった。




