夢は終わり現実へ
楽しい時間は早く過ぎるもの。
モモと付き合っていた頃は一日が一年にも感じられるほどだったが幸男との時間は違う。
二週間という結構な時間だったがルイの体感ではあっという間だった。
最終日。早めに修行を切り上げたルイは一人で焚火を囲み幸男を待っていた。
(さっちゃんは大丈夫だろうか……)
食材の調達も一人でやると言っていたが心配でならない。
獣はさておき野草の知識なんて持ち合わせているように思えないからだ。
(いやでも食べられないものを持って来てそれを指摘するのはアリだな)
しょんぼりしている幸男を想像しルイは慈母のような笑みを浮かべた。
びっくりするほど気持ち悪い男だ。
「ん」
ニコニコしていると懐に入れていたハジメからの通話を受信する符に反応あり。
無視したい気持ちをグッと堪えてルイは通話に出た。
【今、大丈夫かな?】
「勿論。そっちはどう? 変わりない?」
【うん。モモさんも他の職員の人たちも皆良くしてくれてるよ】
勉強は難しいけど、と苦笑するハジメ。
出来ないという意味では幸男と同じなのだがこちらにはまるで反応なし。
ヒロインだぞこっちは。
「戻ったら手伝うよ。これで僕もそれなりに知識はある方だからさ」
【えへへ、ありがと。それより神央くんの方は大丈夫なの?】
曰くモモから樹海がどんな場所であるかを教えられてずっと気になっていたらしい。
ただ邪魔になるといけないと思いこれまで連絡出来なかったんだそうな。
【でもやっぱり心配でかけちゃったけど】
「心配させちゃったか。僕から連絡を入れるべきだったね」
新しい環境に適応するので精一杯だろうと気を遣ったが失敗だった。
ルイがそう言うとハジメはクスリと笑った。
【同じこと考えてたんだ。似た者同士だね】
「みたいだ。それでこっちの方だけど……錆び落としのつもりだったんだけどね」
【……良くない感じ?】
「いやむしろその逆。以前より更に強くなったよ」
これは嘘ではない。
ルイは六十一周目開始当初より確実に強くなっていた。
(さっちゃんのお陰だよね)
死にかけている幸男を発見したのが切っ掛けだ。
(命は何にだって一つなんだ)
ループすればまた出会えるからなんて理屈は違う。
大切なものを失うかもしれない恐怖が魂を揺さぶる刺激となり更なる高みへ導いたのだ。
どう考えてもその役割はハジメだろ。何で無関係の男相手にやってるんだコイツは。
【おぉぅ……それは、すごいね】
「ありがと。あと、友達も出来たんだ」
【友達?! え、そこってすんごい過酷な森だって聞いたよ!?】
「うん。修行に来てたみたいだね。死にかけてるところを発見したんだ」
【そ、それはまた】
「彼を見ていると昔の自分を思い出してね。つい色々世話を焼いてしまった」
それが自分を見つめ直す良い切っ掛けになった。
自分が成長出来たのは彼のお陰だとルイは笑う。
「……彼も色々訳アリみたいでね」
【そう、なんだ】
「僕なりに出来ることはしたけど、どれだけ役に立てたか」
【……役に立てる立てないじゃないと思うよ】
「うん?」
【力になってあげたいって気持ちの方が大事なんだと思う】
綺麗事を、とルイが内心で舌打ちをかます。
【だって私がそうだもん。神央くんの気持ちにとっても救われてる】
だからそのお友達もきっと感謝してるとハジメは力強く言い切った。
「そう、だと良いな」
【きっとそうだよ】
少しばかりしんみりとした空気が流れる。
このまま通話を切りたいけどそうはいかないのがスパダリの辛いところ。
ちゃんと会話を終わらせるべくルイがそうだと手を叩く。
重い空気を察して話題を変えられるのもスパダリの必須スキルなのだ。
「九十九さん、ジビエとかに興味ない?」
【野生の動物のお肉だっけ? それがどうしたの?】
正確には狩猟によって得られた野生の鳥獣肉を指す言葉である。
ルイとしては無学の輩に正しい知識を施してやりたいが、
(持てる者の厚意を素直に受け止められないのが凡俗の悲しいところだね)
重箱の隅をつつくような嫌な奴と受け取られかねないので自重。
「いや実はここ結構、熊とか猪も居てね。場所が場所だから滋養もかなりのものなんだよ」
霊的な影響を強く受けた獣の肉は通常のそれとは比較にならない。
「そして何より美味しい。だからお土産にどうかなって」
帰ったら互いの労をねぎらう食事会でもどうだろう? と誘いをかける。
【良いねそれ! じゃあさ、私も何か作るからお互いに持ち寄りってことで!】
「了解。楽しみにしてるよ」
【うん!】
そこから少しばかり会話を重ね通話終了。
気まずさなどは欠片もなく綺麗に話を終えられた。正にパーフェクトコミュニケーションだ。
「待たせたな」
通話終了からしばらくして幸男が帰還。
ハジメとの会話で蓄積されたストレスが一気に解消された。
「おかえり。成果はどうだい?」
「フッ、上々だ。見ろ」
運搬用にと渡していたルイが渡していた収納の符を解放。
鹿や猪などの肉に加え大量の茸などが溢れ出した。
「どうだ?」
「良いね。あれ、でもこれ」
とやっぱり混ざっていた毒草、毒茸などを取り分けていく。
「……ルイが持って来てくれたものと似ていたが、違ったのか」
「あはは、見た目が紛らわしいのも結構あるんだよ」
期待通りのしょんぼりフェイスにルイもご満悦。
「後でイラストつきのメモを渡すよ。さっちゃんはまだここに居るみたいだしね」
「……すまん」
「良いって良いって。それよりほら手料理を振舞ってくれるんでしょ?」
僕もうお腹ペコペコだよとおどけて言えば幸男も元気を取り戻す。
「ああ、任せろ」
あの日から食事の用意は全てルイが担当していた。
それでも幸男なりに手伝ったり聞いたりでスキルを磨いていたのだ。
その成果を今こそ! ということで彼はかなり張り切っていた。
(何て不器用な手つき……心が洗われるようだ……)
何てクソみてえな感想……心が荒んでしまいそうだ……。
「出来たぞ」
「おぉ、これは美味しそうだ」
待つことしばし、遂に料理が出来上がった。
メニューは野草と茸たっぷりの猪肉のシチューに木の実のソースをかけた鹿肉のステーキ。
それだけ聞けば美味しそうに思えるが実際の出来はそこまででもない。
見た目は料理下手が下手なりに頑張って作ったそこそこのものといった感じ。
ただ味の方は使っている素材の質ゆえまあまあ美味しいぐらいの仕上がりにはなっているだろう。
「「いただきます」」
手を合わせて早速、シチューに手をつけた。
幸男はワクワクと期待するようにルイを見つめている。
(本当に期待通りだ。これだけの材料を使って尚、この程度……それが良い。
初めてだとか特殊な状況下で作ったからとか一切言い訳が出来ない素の腕前が反映されてる。
ここから努力を積み重ねてもちょっと料理を齧った器用な奴にあっさり抜かれるだろうね)
最低の食レポだった。
いや食レポというより食事を作った人間に対するレポートと言ったところか。
「ん、美味しい」
「……そうかそうか。それは良かった」
「リベンジ成功だね。ってかさっちゃんも食べなよ」
「そうだな。俺も流石に腹が減った」
こうして樹海最後の夜は更けていくのだった。




