大丈夫。僕が必ず助けるから
(さっちゃんルートとはタイミングが少々ズレてしまったが)
一人険しい樹海を進むルイは一抹の不安を抱えていた。
幸男ルートにおいて奈落の樹海を足を運んだのは夏休み初日で幸男も同じタイミングでやって来た。
しかし今はもう夏休みに入ってから九日目。
(僕の助力なしでさっちゃんは生きているだろうか……?)
記憶では最深部に到達した時点でもうかなり疲れていた。
あの時はルイが食事を与え無茶で無意味な鍛錬を制御していたが今は幸男一人。
最悪の可能性が脳裏をよぎってしまうのは当然だろう。
(死ぬなよさっちゃん。命あっての物種。生きて徒労を積み重ねてこその君なんだから)
シンプルに屑。
逸る気持ちを抑えながら最深部に向かうと、
「……」
予想通りに悪い光景が広がっていた。
全身傷だらけで止め処なく血が流れているが外面以上に酷いのは中身だ。
それでもまだ最悪ではない。息はある。
「大丈夫。僕が必ず助けるから」
まずは外の傷を治癒する。これは簡単だった。
潤沢な霊力に加えパワースポットの後押しもあるのだから失敗する方が難しい。
「……問題は中身だね」
体の傷を癒しただけでは目覚めることはない。
よしんば目覚めてもこのままでは間違いなく体に障害が残ってしまう。
日常生活もままならなくなるだろうというのがルイの見立てだった。
だが断じて認められない。そんな状態になっても幸男はきっと諦めないだろう。
でもそうじゃない。それは解釈違いだ。
(万全の状態で100%を注ぎ込んでも成果を得られない。それが君という人間じゃないか)
誰か止めろこの厄介オタク。
祈りは届かず惨い現実だけが流れていく。
ルイはかつてない速度と精度を両立させたまま地面に陣を刻む。
「よし」
三間四方を結界で区切り即席の聖域を形成。これで場は整った。
変化を用い儀式に相応しい装束に着替えたところではたと気付く。
「そうだ。あれも使うか」
取り出したのはモモへの呪いが刻まれたあの扇子。
異常戦力と称されるほどの実力者の血が染みついた呪具は役に立つ。
扇子を広げるとルイは厳かに魂振の舞を始めた。
(頭の天辺から指先まで意識を集中させろ。ミリ単位でも動きをぶらすな)
人間が集中していられる時間には限度がある。
ミリ単位の動きにすら気を配るレベルなら尚更だ。
集中する度合いが深ければ深いほど制限時間は短くなっていく。
だがそこは神央累。掃除ロボットよりも人間味がない反復作業の鬼。
体力が底を吐かない限りは延々と続けられる。
そしてその体力の問題も、
(呼吸のリズムを乱すな。パワースポットのオーラを取り込み隅々まで行き渡らせろ)
ある程度はカバー出来てしまう。
ルイの舞は絶技、神業と読んでも差し支えはなかろう。
そうして僅かな乱れも生じさせぬまま踊り続けること二十四時間。
「う……ぁ、おれ……は……」
遂に幸男は目を覚ました。
「良かった」
「お前が、俺を――――!?」
助けてくれたのか? そう言おうとするよりも先にルイの体がふらついたからだ。
幸男は慌てて立ち上がり、羽のように軽い自らの肉体に驚きつつもルイを抱き留める。
「は、はは……すまないね。ところで体の方は大丈夫かい?」
「……ああ。かつてないほどに心身が充実している」
「そう、か。それは良かった。ちょっと、座らせてもらって良いかな」
頷き幸男は近場にあった木にもたれさせるようにルイを座らせた。
「何故、俺を助けて……違う。そうじゃない」
その前にやるべきことがある。人として当たり前のことだ。
幸男は小さく息を吸うと深々と頭を下げた。
「助けてくれてありがとう」
「どういたしまして」
その声色があまりにも優しくて幸男は理由を問うのを止めた。
聞かなくても分かる。だって大好きな人と同じ顔をしているから。
きっと同じなのだろう。目の前で死にそうな誰かが居たら必死で手を差し伸べる。
名も知らない彼はそういう人間なのだ――――クソ、完全に騙されてる。
「俺は狭間幸男。お前は?」
「神央累」
「ルイ、か。ルイは何故ここに……?」
極度の疲労で正直、今直ぐ寝たい。
しかし幸男を口説かずして寝られるわけねえだろとルイは頭をフル回転させる。
「……少し前まで僕は色んなことを忘れていた」
「……」
穏やかな声色だがそこに滲む重さを感じた幸男は口を噤んだ。
気の利いた言葉なんて自分に言えはしない。
ならばせめて真摯に耳を傾けよう。それぐらいしか出来ないからと。
「強くなりたかったことも、その道が不本意な形で途切れてしまったことも。
無力を嘆くことも、後悔に沈むことさえ出来ないまま全てを終わらせ全てを忘れてしまった」
けど、と自分の掌を見つめながらルイは続ける。
「……ある人のお陰で思い出せたんだ。そしたらあの時とは違う気持ちで見つめ直すことが出来た」
思い出せたからとて過去が変わるわけではない。
終わってしまった物語にはもう何を書き加えることも出来やしない。
でも何もかもを忘れて無かったことにしてしまうのは違う。
「もう自分以外に知る者は居ないとしても僕が覚えているならその物語に意味はあったんだとね」
ホントもうびっくりするほどありもしない過去を匂わせるのが上手い。
神妙な顔で耳を傾けている幸男が憐れでならない。
「思い直す切っ掛けをくれたその人は今、理不尽な運命に絡め取られていてね」
少しでも力になりたいと思った。
「だから僕はここに来た」
Q.何でここに来たんですか?
A.修行のためです。
文字にすればこれだけで終わる事柄をここまでまわりくどく伝えるのは最早才能だ。
「ここからもう一度歩き出そうってね」
ぐっと拳を握り締め顔を上げる。
「君も、同じなんだろ?」
「……」
「死にかけていた君を見て思ったよ。ああ、昔の僕と一緒だって」
気持ちはあるのに上手く進めない。
ただがむしゃらに力を求めて結果、遠回りをしている。
「これも何かの縁なんだろうね」
酷い悪縁だ。
「二週間ほど滞在する予定だ。君さえ良ければ修行に付き合うよ」
「……気持ちはありがたいが俺に構ってる暇なんてないだろう」
「そうでもない。僕の目的は錆び落としと改めて自分を見つめ直すことだからね」
それに、とルイは続ける。
「完全な善意ってわけでもない。君を通して過去の自分と向き合いたいって気持ちもある」
「だが……」
「それでも気が咎めるっていうんなら……ああそうだ」
ポンと手を叩き冗談めかして笑う。
「友達になってよ。僕、片手で数えるぐらいしか友達居なくて寂しいんだ」
「……それを言うなら、俺もだ。驚異のゼロだぞ」
幸男もまたぶきっちょに笑った。
「さっちゃん、て呼んで良いかい?」
「……そんな可愛い名前が似合うとは思えないが、好きにすると良い」
俺も累と呼んで良いか?
少し恥ずかしそうに幸男がそう聞き返すと勿論と頷きルイは手を差し出した。
「改めてよろしくねさっちゃん」
「ああ。よろしく頼む」
固く握手をする二人。このルートでも悪魔との契約が締結されてしまった。
(やっぱさっちゃんしか勝たん!!)




