自認釈迦継続
「神央くん?」
ぬいぐるみの悍ましい気配が消えたのに一向にルイが戻って来ないからだろう。
クローゼットの中から恐る恐ると言った様子でハジメが顔を出した。
「彼女がそうか」
モモの背後に展開された五芒星の陣から鎖が射出された。
旧ハジメルートとの顛末とモモの性格からして何を考えているかは大体察せられる。
だが今のルイがそれを察しているのは不自然なので焦った風を装い鎖を一つ残らず叩き落す。
「え、へ? は?」
突然のことに困惑するハジメを一瞥しモモは感心したように言う。
「ほォ。これに対処するかね」
拘束の鎖は今のルイをしてマジにやってギリ対処出来るか出来ないかのレベルだった。
(もっと手ぇ抜けや! ここでミスってたら赤っ恥だぞ僕!?)
悪態を吐きつつモモが望むであろう流れに沿った演技でルイは口を開く。
「……九十九さん、そこから動かないで」
「か、神央くん? 一体何が」
「少年、君なら分かるだろう? そのお嬢さんの危険性が」
「き、危険?」
不穏な空気にハジメの顔が青褪めていく。
これこそがモモの狙い。状況を利用してハジメに自らの危険性を強く自覚させようとしている。
そうして九課へ自らの意思で身を寄せるよう意識を誘導するつもりなのだ。
強制的に保護されるよりもそちらの方が何かと都合が良いからだ。
そしてハジメを九課に入れることでルイのことも釣り上げようとしている。
「ああそうだね。当事者である君にもしっかり説明しないとだ」
「止めろ!!」
「いいや止めない」
次々に鎖を放ちそれを迎撃させることでルイから喋る余裕を奪いモモは語る。
状況に合わせて内容は多少変化はしているが十七周目でされた説明と大体同じだ。
(ちんたら説明してんじゃねえ! さっさと終わらせろや! かなりキツイんだよこれェ!!)
別に鎖の迎撃をミスっても問題はない。
確かにミスればステ不足が証明されハジメとの関係が進展する可能性は潰えるだろう
それでも新ルート構築という別の成果は既に達成されているのだから。
「わ、私はそんな……」
「君に悪意はなくとも悪意を持つ者が君に目をつけたらその瞬間に惨劇の幕は上がる」
「……ッ!」
「仮にそういう者に運良く目をつけられなかったとしてもリスクは消えない」
それを象徴するのが今回の一件だ。
「今回は偶々神央少年という当たりくじを引けたがもし彼が居なかったら?」
ぬいぐるみたちに蹂躙され死ぬならまだ良い。
だが生存本能が刺激された結果、力が暴走してしまったのなら?
「通常異常問わず世には危険なんて幾らでも溢れている」
道路を走る車。すれ違う人間。
何か一つ歯車が狂うだけでそれは容易に人の命を脅かす。
「悪意の有無に関わらず他者の命を脅かす可能性を秘めているのは皆、同じだ」
ハジメだけではない。ルイもモモも生きている人間は皆、その可能性がある。
違うのは可能性の大小と齎す被害の規模だけ。そしてその規模こそが問題なのだ。
「たかだか数人の命を奪うぐらいなら良いさ。けど君は違う」
「う、ぅ」
「この物質社会で君の力が最大限悪い方向に働けば世界が滅ぶ」
最悪の想定ではある。だが決して非現実的なものではない。
「君はただそこに在るだけで多くを脅かす危険な存在なんだよ」
どんどん顔色が悪くなっていくハジメをよそにルイは焦りを覚えていた。
(……いかん、僕の知性を挟む隙間がない)
冷静さを見せつつも感情で寄り添い暴を以って力を示す。
旧ハジメルートにおいての類似場面における最善と思われる行動がそれだ。
しかし今の流れだと感情と暴力の項目は良い。前者はクリア出来るし後者もステが上がればやれる。
だが口を挟む暇がないので知性をアピールする場面がないのだ。
(いや待てよ。まずはこうして……それで吹っ飛ばされた後で……これならいけるか?)
というわけで軌道修正。
「……黙って、聞いていれば!!」
「む」
ハジメに結界を張り腹の中心で練り上げていた霊力を一気に解き放つ。
「あんたほどの実力者なら分かるだろう!? 彼女は身に余る力を背負わされただけの一般人だ!!」
「分かるとも。だがそれを考慮してあげられる生易しいレベルの力ではない」
それは君にも分かるだろう?
斬りかかって来たルイの刃を扇子で受け止め鍔迫り合いをしながら言葉を交わす。
「だとしてもあんな言い方!」
敢えてルイは自分が冷静ではいられないように振舞う。
具体的には、
「ただ生きていることが罪であるかのように言われるなんて……ッッ」
何かしらトラウマのようなものを刺激されたような風を装っている。
血を吐くような言葉にモモが「ああ、これは少々間違えたな」と一瞬素の顔を出す。
(よしよし、一太刀浴びせられるシチュはこれで整えられたな)
まあまだステは足りないが実力を示す場面はここで良いだろう。
二刀と扇子による激しい剣戟の最中、ルイはそんなことを考えていた。
「そんなことがあって堪るかァ!!!!」
十、二十、三十。
ある領域にまで達して実力者はただの一撃に幾つもの意を織り交ぜる。
刹那の中で繰り広げられる虚々実々の駆け引きを制した者こそが勝利を掴む。
当然のことながらルイは未だモモに遠く及んでいない。
だがこの一瞬、
(え、あれ……これ)
ほんの僅かにルイがモモを上回った。
「――――」
ほんの数ミリ切っ先が触れ血が滲む。
モモの目が驚愕に見開かれる。
「ぐぅ!?」
「あ」
驚きで頭が真っ白になっていてもそこは頭抜けた実力者。
即座に反撃を繰り出しあっさりとルイを壁に叩き付けた。
だがこの一撃は大人げないものでモモが想定していたレベルを上回ってしまった。
それだけ彼女も心を乱しているのだろう。
「神央くん!!」
「……だい、じょうぶ」
涙目で駆け寄って来たハジメを安心させるように立ち上がり微笑む。
が、直ぐに吐血して膝を突いてしまう。
治癒の阻害も織り込まれた一撃ゆえかなり深刻なダメージになっていた。
「ッ……もう、止めてください。分かりました。わ、私がどれだけ危険な存在かは分かりましたから」
震える体でルイを庇うように両手を広げハジメは言う。
殺したいなら殺してくれて構わない。でもこれ以上ルイに酷いことはしないでくれと。
恐怖に震えながらも真っ直ぐそう懇願するハジメに、
「……いやすまない。少々脅かし過ぎたね。私が悪かった」
とモモは両手を挙げて降参のポーズを示す。
「え、え」
「……そういう、ことか。悪趣味なことをしてくれる」
「ど、どういうこと……?」
問われルイはモモが目論んでいたであろうことを語った。
ここが新ルートにおける知性アピールの場というわけだ。
その推理に乗っかりモモも十七周目でしたのと同じような説明をしてハジメを九課に誘う。
勿論、ルイもだ。こうして新ルートにおいてもルイはハジメとバディを組むことに成功した。
「細かい話はまた後日ということにしよう。気持ちを落ち着ける時間も必要だろうしね」
というわけで解散と相成った。
ルイはハジメを家に送り届け“ちょっとした買い物”をしてから帰宅。
(流石に、疲れた)
新ルートの構築に加えかねてよりの課題であったモモへの一撃も成功。
流れは完全にこちらに向いていると言っても良いだろう。
だが、
(しかし何故一撃叩き込めたんだ……?)
ルイは自身の急成長に戸惑っていた。
幸男ルートでも真面目に鍛錬を積んで鍛え上げてはいた。
だがそれだけでモモに一撃を入れられるとは思えない。
『心を大きく揺さぶる“刺激”こそが霊能力者の成長に一番必要不可欠なものだ』
とはモモの言である。
幸男との出会いがそれか? いやそれだけでは到底……。
「――――ハッ!?」
ふとルイの脳裏によぎるものがあった。
そうだ、自分はこの周回の始めに何と思った。
『何たって一ノ瀬の奴を抱かずに済むからね』
そうか、そういうことだったのかとルイは天井を仰ぐ。
(……一ノ瀬に純潔を捧げる自己犠牲。その後も抱き続けるという苦行。
よくよく考えれば心を大きく揺さぶる刺激としては十分じゃないか。
では何故、これまでの周回で成長することがなかった? これも簡単だ)
屑のスコアアタックでもしてるんだろうか?
仮にも一人の女性と情を結んでおきながらこれって……。
(釈迦は苦行の末にその行為が無意味であると悟った。それと同じだ)
まだ自認釈迦なのかコイツ。
(解き放たれてこそ、初めてその真価を知る)
今、ルイの心はかつてないほどに澄み切っていた。
(悟りを得た気分だ。恐らく今、僕の背後で菩提樹が花開いただろう)
ラフレシアの間違いでは?
一応、補足しておくと九十九の影が薄いのは意図的なものです。
九十九はグラブルの高難易度ボスみたいなもんで
ギミックを解除しないと攻略(掘り下げ)が進みません。
その人間性が滲み出て来たらいよいよ本番という感じです。
現状は3000万ダメージ与えられず開幕ジエンドでくたばってるようなものと思って頂ければ。




