かくて証明は成された
突然の勝利宣言。普通なら圧倒的実力差で心折られたと思うだろう。
だが長い付き合いになったブラウンにはまた別の見方がある。
最初は面食らったがどうせ異次元の屁理屈を展開し勝ったことにするのだろうと。
正直な話をするとブラウンはちょっとだけワクワクもしていた。
うざいはうざいが頭のおかしな理屈を聞くのがささやかな楽しみになっていたのだ。
――――まあ今回に限ってその予想は半分間違いであったのだが。
「九九どころか1+1の計算も危うい知性のお前だからな。分からなくてもしょうがない。
でもそんな救いようのない馬鹿すら見捨てず慈悲を施す仏フェイスより寛大なのが僕だからな」
教えてやろうとまずは過剰な罵倒と過剰な自分上げから。
居酒屋で出て来るお通しもんみたいなのでまあまあ、ここまでは良い。
いや釈迦への謝罪はするべきだが。
「まず第一に僕を殺したのは狙撃や呪殺なんかの遠距離攻撃ではない」
武器か素手かは分からない。
だが命を奪う手応えを間近で感じられる近距離なのは間違いない。
【何故そう言い切れるので?】
「お前の目は本当に節穴だな。五十五から六十まで僕がただ死んでいただけに見えたのか?」
【……と言いますと?】
「最初のシチュエーションをそっくりそのままなぞったら死ぬタイミングは固定出来るんだよ」
【分かっていてもどうにもならないほどの実力差が】
「ああそうだね」
実力差があるから顔も拝めず殺されてしまった。
だがどうにもならないのは“相手”へのアプローチだけ。
「“僕自身”へのアプローチは可能なんだよ」
自身の命を犠牲にした技なり術なりというのは創作において鉄板の一つだろう。
実際、ルイが身を置く裏の世界でもその手の技術はあり触れている。
「事前に仕込んだ命を代償とする禁術を殺される0.1秒前に発動してたのさ」
【は?】
何の意味があるというのか。いやそれ以前に禁術?
そんなものを仕込んでいたのなら、
「気付かれるって? 話を聞いてなかったのか? 僕自身へのアプローチと言ったはずだぞ」
仮に禁術による自爆などを目論んでいたなら結果は変わっていただろう。
発動の瞬間に封殺されるか発動より早く殺されていた。
下手人が気付かなかったのは禁術の効果がルイ自身に向いていたから。
「僕が命を代償に強化したのは聴覚で聞こえるものも一つだけに絞った」
命を代償にして恩恵も死ぬ瞬間だけで尚且つ耳が拾えるものも限定する。
ルイほどの才覚の持ち主がそこまでやれば強化の度合いもとんでもないことになる。
暴利も暴利。普通ならリターンが少な過ぎてまずやりはしない。
繰り返しというアドバンテージを持つルイだからこそ出来る芸当だ。
「僕が標的にしたのは“心音”だ」
そして聞いた。
五十五回目に実行し六十回目でようやく微かにだが自分のものではない心音を拾えた。
「直ぐ傍からね」
【……なるほど。何の手がかりも得ていないと思いきやそうではなかったと】
だがそれがどうして勝利宣言に繋がるのか。
ブラウンが疑問を投げかけるとルイは深い深いふか~~い溜息を吐いた。
「感謝状だな」
【は?】
「ここまで僕にさせておいて何もなしはないだろう。後で感謝状を書けよ」
【いやそんな】
そこでブラウンは気付く。自分が詰んでいることに。
ここで拒否ればルイは理由を語らないだろう。
するとどうなる?
『見当違いの罵倒に対する反省文を書いてもらおうか』
こうなる。絶対こうなる。
あんな些細な皮肉を罵倒と過剰装飾し平然とこちらの非を糾弾して来る。
やらねば悪夢のbot再来だ。大人しく聞く? じゃあ感謝状だね。
逃げ道がどこにもないのだ。さながら先ほどまで殺され続けていたルイの如く。
【……わかり、ました】
反省文より感謝状の方が賞状で文章も短いから楽。
ブラウンはそう判断して受け入れたが実はこれとんでもない落とし穴だ。
だって短い文章でルイを満足させるものを書かねばいけないのだから。
「分かりました?」
【書かせて頂きたい! 是非に、是非に、是非にィイイイイイイイイイイイイイ!!】
それで良いと満足げに頷きルイは解説を続ける。
「僕がこれだけやって心音一つを拾うのがやっとな相手が、だ。
決して察知されぬよう“全力”で隠形を使い“至近距離”で僕を殺している」
つまりどういうことだ?
「――――この僕に恐れをなして“逃げている”ということだろうが」
だから僕の勝ち。何で負けたか明日までに考えといてください。
ルイの勝利宣言にブラウンが即座に反論する。
いやその理屈はおかしいと。
【隠形を使っているのは単純に姿を見られたら不味いからとかかもしれないじゃないですか】
暗殺なんてする輩ならむしろそれ以外に理由があるか?
「だったらさっき挙げたように狙撃なり呪殺なりで超遠距離から仕留めれば良いだろうが」
【いや単にその手の技術が得手でないから】
「“それはない”」
と一刀両断。確信を持ったような断定口調にブラウンは少し気圧された。
何故そう言い切れるのかと問えばつまらなさそうに言う。
「何でも出来る器用な奴とたった一つに特化した不器用な奴。
バトルものでよくありがちなカードで大体、後者が意地を通して勝つのがお約束だ。
前者と後者に優劣はなくたった一つを極めれば万能にも打ち克てるみたいなさ」
創作ならばそれも良い。夢がある。だが現実はそうではない。
「裏の世界でもそういう風潮はあるし、実例もあるよ。でもそれは大いなる勘違いだ。
一を極めた人間が強く思えるのは目に見える成果が早く出るからというだけ」
行き止まりまでの距離が短いのだ。
大概の人間はその行き止まりにすら辿り着けないから勘違いしてしまう。
「万能こそが正道にして王道なんだよ」
【――――ッ】
どこか遠くで誰かが息を呑んだことなど知らぬままルイは続ける。
「特化という行き止まりに続く道に辿り着いてしまえばそこで終わり」
強者の指標とはどこまで正しき王道を歩めるかにこそあるのだ。
「特対の異常戦力なんて呼ばれてる奴らがその証明だ」
皆、かなり王道を進んでから枝分かれして行き止まりに辿り着いている。
だからこそ特化した一を持ちながら高水準の万能さを備えているのだ。
「その中でも際立って底が見えないのが一ノ瀬だ」
未だ王道を進んでいるのか道を逸れてしまったのかさえ分からない。
そんなモモを一方的に殺せる相手なら最低でもモモ以上に何でも出来る。
「遠距離で仕留められないなんてことはあり得ない」
そして姿を見られたところでどうとでもカバー出来る。
にも関わらず“全力”で隠形を使い“至近距離”でモモとルイを殺した。
ここから考察出来ることは何だろうか?
「極めて私的な感情で僕らを狙っている可能性が高い。
一ノ瀬なら怨恨。僕ならあまりにも眩いから嫉妬という線が濃厚だね」
だからこそ直接この手で殺したい。でも姿を見せたくない。
何かの目的があるから姿を見られるのが都合が悪いのではない。
姿を見られることそれ自体が下手人にとって忌むべきことなのだ。
「そいつの心の柔らかい部分を刺激してしまうから」
正直な話をすればルイの推論には穴がある。
だが同時に奇妙なまでの説得力があった。
「つまり僕は最初から勝っていたというわけだね。はい、Q・E・D!!」
証明は成された。ということは、だ。
「――――さあ、感謝状の時間だ」
【――――クソッ! 結局それですか!!】




