悪い男に誑かされる女
「唐揚げや天ぷらなんかの揚げ物にエビチリとか中華系。
大体惣菜のラインナップなんてどこも変わり映えしないんだよ。だって売れるから。
商売でやってるんだからそりゃ売れるものを置くのが当たり前だ。
だが時々、何でそれを? みたいなのをお出しするところがある」
百貨店や大型デパートなら分かる。
規模が規模だ。ああいうところは多少変わったものを置いといても問題はない。
「だが普通の小さいスーパーとかでそういうのを見つけた時の感動だよ。
ここで誤解しないで欲しいのは変わり種と言っても地方の名物系とかではない。
全国区だとマイナーだけどその地方のスーパーでは普通に売られてるのは違うんだ」
いやそれも良くはある。
何なら出張で地方に出向いた時はそれ目当てでスーパーをうろつく。
でも今話題にしているものとは区分が違うのだとモモは力説する。
「つまり、あれかい? 中華料理みたいな大枠の中でマイナーなメニューをみたいな?」
「そう! そんな感じ。ニュアンスをしっかり汲み取ってくれるねえ」
そしてまたルイが良いレスポンスをくれるのだ。
「油淋鶏あるだろう? 今でこそ普通に知られてはいるが昔はそうでもなかった。
わりとしっかりした中華料理屋とかではメニューにもあったがスーパーではね。
だからこそ偶然立ち寄ったスーパーで見かけた時は衝撃と共にやるじゃないかと感心したものさ。
店長の姿勢を買って私の行きつけになったんだが今も変わらずかつてのスタイルを貫き通している」
上機嫌で惣菜トークを繰り広げるモモだが今日はクリスマスだぞ。
聖夜に男女二人で飯食っててする話がそれって……。
完全にどちらも脈がないなら分かるがそうじゃないだろうに。
「つまり今食べてるこの油淋鶏が」
「そう。私にとっての思い出の味さ。君にはあるかね? そういう思い出の味」
「思い出の味、ね。僕は何だろう? 今となっては母の手料理全てがそうだけど」
ここで話題にしているのはそういうことじゃない。
ルイは少し考えた末、こう答えた。
「おにぎり」
「良いねおにぎり。語り甲斐のある題材だ。是非とも詳しく聞かせてくれ」
「いやモモさんみたいな偏執的なそれじゃないから」
そういうのを求められても困るとあしらいつつ続ける。
「前、差し入れてくれたでしょ?」
「うん?」
「ほら僕が朱雀の修復で九課の作業場に詰めてる時さ」
「それは、覚えているが」
学園祭の少し後のことだ。
朱雀の核を渡されたルイは連日作業場に詰めて修復に取り掛かっていた。
その際、モモは夜中に灯りがついているのを見て息抜きにとおにぎりを差し入れた。
ああ、それは事実だが……。
「自分の夜食のついでに作っただけで」
あの日はモモも家に帰らずオフィスで残業をしていた。
それで小腹が減ったから炒飯を作ろうと米を炊こうとしてルイのことを思い出したのだ。
それであの子にもと思い多めに炊いておにぎりを作っただけ。
「ついでであろうと僕のために作ってくれたって事実は変わらないでしょ?」
高校入学まで親類の世話になっていたが離れ住まいで家事も自分でやっていた。
だからこそ自分のために作ってくれた料理が嬉しかったのだとルイは笑う。
「まあ金銭の絡まない誰かの手料理をまったく食べて来なかったわけじゃないけどさ。
一応、バレンタインとかにチョコ貰った経験もあるし。うん、でもやっぱり一番はあのおにぎりかな」
バレンタインチョコは特別な日に特別な想いを込めて作るもの。
でもあの差し入れは違う。だってそうする必要性は皆無なのだ。
何でもない小さな優しさだからこそ殊更心に響いたのだという。
「ん……そう、か。まあ、そう言われると悪い気はしないね」
「照れてる?」
「違う」
「あはは」
「何故笑う」
普段の澄まし顔が嘘のような無邪気な笑顔。
気恥ずかしさと妙なドキドキでつい刺々しくなってしまうモモだがルイの目は優しい。
「ごめん。馬鹿にしたわけじゃないんだ。ただ良いなって」
「……良い?」
「うん。出会った時はさ。正直何だコイツって思ったよ」
あまりにも胡散臭い。それが偽らざる第一印象だと言われモモはショックを受けた。
いやまあ実際その通りなのでショックを受ける方がどうかしているのだが。
「でも同じ時間を共有してあなたという人間に触れて行くと中々どうして。可愛い人なんだなって」
「……っ」
「当たり前の話だけどさ。僕が知らないあなたの顔はまだまだあるんだろう」
それが良いものか悪いものかは分からない。
だけど一つだけ言えることがある。
「それは?」
「心の底からあなたを嫌いになることはないんだろうなって」
そうするには一ノ瀬百という人間を知り過ぎた。
「……そうか」
「うん。ちなみにそっちは? 僕に対して何かないの?」
「色々あるが今思ったのは」
「思ったのは?」
「君にはとんでもない女誑しの素養があるってことかな」
失礼だなと唇を尖らせるルイにモモは言う。
一連のやり取りを振り返ってみろと。
「普通の婦女子ならコロっとイカレてしまうよ」
「ただ素直な気持ちを口にするだけでモテるなら世の男は苦労してないよ」
「君は……いや良いか」
「何だよ」
「フフフ、いや気付けば先ほどとは真逆になっているなと思っただけさ」
「絶対違うだろ」
楽しいお喋りと美味しい食事。楽しい時間はあっという間に過ぎて行った。
もう日付は変わりかけ。名残惜しいがそろそろ送って行かねばならないかと考えるモモだが、
「はふぅ……あのさ、ちょっと良いかな?」
「うん? 何だい?」
「今から家に帰るのもかったるいしソファで良いから使わせてくれないかな」
「――――」
予想外のお願いに一瞬、頭が真っ白になる。
ルイはそれを緩やかな拒絶と受け取ったのか。直ぐにごめんと謝罪を口にした。
「女性にデリカシーがなかったね。忘れてくれて」
「いや良いとも。そこまで心を許してくれていたのかと驚いただけさ」
「そう、なの?」
「そうとも。何なら寝室を使ってくれても構わないよ」
「いやそれは流石に……でも、良いんなら……うん、じゃあ甘えさせてもらうよ」
どうやらもう限界だったらしい。
パタンとソファに倒れ込むとルイはそのまま眠ってしまった。
「……」
モモは無言でルイの体をそっと持ち上げ自身の体を滑り込ませた。
膝枕など初めての経験だが、感じる重みに何とも言えない喜びを覚える。
(……ああ、もう、認めよう。いい加減目を逸らすのは止めだ)
優しい手つきで頭を撫でながら小さく溜息を吐く。
(――――私はこの子に恋をしている)
元々片割れの翼と連なる枝を求めてはいた。
だけど、これまで思い描いて来たやり方ではきっと彼は受け入れてはくれない。
この想いを遂げるなら今まで積み重ねたものを否定しなければいけない。
その事実が二の足を踏ませていたが、もう無理だった。
(捨てよう。捨ててしまおう。何もかも。この想いに釣り合うものなど何一つないのだから)
そのためにも始末をつけない事柄が幾つかある。
要する時間を考えれば……丁度良いタイミングがあった。
天の配剤か。これをこそ人は運命と呼ぶのかもしれない。
(バレンタイン、だね。そこで愛を伝えよう)




