二人の聖夜
日没と同時に始まった海上決戦は翌日の明け方まで続いた。
戦いは特対の勝利に終わったが主要な面子を全て討ち取れたわけではない。
半数近くは逃げられてしまった。とは言え大打撃を与えたことに間違いはない。
失った戦力を考えれば年単位で大規模な動きは制限されるだろう。
さて。特対としては上々の成果ではあるのだが、
「……折角のクリスマスなのにすまないね」
戦いが終わってハイ解散! クリスマス楽しんでね! とはならないのが宮仕えの辛いところ。
今、モモとルイは九課のオフィスで黙々と書類の作成をしていた。
大規模な作戦行動である以上、それに伴う報告書などの書類も当然多くなる。
マンパワーを使えれば楽なのだが九課から作戦に参加したのはモモとルイの二人だけ。
機密情報もあるので誰かに任せることは出来ないのだ。
なので少し仮眠を取ってから仕事に取り掛かったのだがまあ終わらない終わらない。
「いえ。特に予定があったわけでもないし」
「ほんとに~? 気を遣ってるんじゃないのかね?」
「無いって言ってるだろ。というか謝罪するなら予定潰したことより」
これ、と紙の書類を指し示す。
「……何でパソコン使っちゃダメなワケ?」
膨大な量の書類を作成しなければいけないのに何故か全て手書き。
しかも一部はペンではなく筆でやらなければいけない。
どうなってんだと文句を言いたくなるのは仕方ないだろう。
「気持ちは分かる。私も一字一句同じ気持ちだよ」
だが霊的なセキュリティも絡んでいる以上、こうするしかないのだ。
一部はデジタルにも適用されているが重要機密に使えるレベルではない。
「技術の進歩に期待かあ……」
「そういうこと。それより、だ。予定がないというのであれば仕事が終わったらディナーでもどうかな?」
高級フレンチだろうが満漢全席だろうが何でも構わない。
どんな高い店だろうと今日ぐらいは権力を使って席を確保しても良いだろう。
モモがそう誘いをかけると、
「おめでたい日に誰かの椅子を奪うような趣味はないよ」
と一刀両断。
この生真面目さと優しさも好みだがあっさり断られたのは普通に悲しい。
内心凹むモモだったが、
「モモさんも好きなお惣菜買い込んで家で食事じゃ駄目なの?」
お疲れ様会とクリスマスパーティも兼ねて、と付け加える。
落としてから上げるとは正にこのこと。
「君がそれで良いなら私も構わないが……クリスマスだよ?」
「今日は疲れてるし二人でゆっくりの方が僕は良い」
二人で、という言葉に胸が弾む。
内心の喜びを悟られぬようモモは胡散臭い笑みのまま肩を竦める。
「分かった分かった。じゃあそうしようか。しかしそうなると買い出しに行かないとだな」
「僕に任せてくれ」
「一人だけ逃げる気だろ。そうはさせないよ」
結局、バイト代を出して暇している職員に頼むこととなった。
以降は時折言葉を交わしつつもひたすら書類に集中。
モモの効率が約束を取りつける前と後で違ったのは……まあご愛嬌だろう。
「……もう八時過ぎ。二十四時間働けますなんて今時流行らないというに」
自宅に向かう車内でそうぼやくと、
「何それ?」
助手席のルイが首を傾げた。
何でもないよと誤魔化すモモだが内心、わりとショックを受けていた。
分かってはいてもジェネギャというのは結構刺さってしまうのだ。
「さて。ものは家に運んでもらってるが追加で何か買ってこうか」
「そうだね。普段は暴飲暴食は慎むべきだけど今日ぐらいはね」
クリスマスということもあるが頑張った自分へのご褒美だ。
ファーストフード、洋菓子店を幾つか回ってからモモ宅へ。
(……照明を切り替えるか術で雰囲気を作るべきか?)
自宅に到着するとモモはまず最初にルイを風呂に行かせた。
色っぽい理由ではなく単純に風呂に入る暇もなかったからだ。
そして待っている間に色々考えているわけだが、
(いやでも逆に引かれやしないか? でも何もしないっていうのも)
この手のことに不慣れなモモは結局何も出来ずじまい。
距離があればそれっぽいこともやれたのだろうが今の距離感では器用に振舞うなど不可能だった。
「お風呂ありがとう」
「何の。じゃあ私もシャワーを浴びて来るからゆっくりしててくれ」
「ん」
湯舟に浸かってゆっくりしたい気持ちもある。
だが空腹のルイを待たせるのは忍びない。
(先に食べててなんて言っても聞かないだろうしね)
服を脱いでいると脱衣所の鏡に映る自分の姿が目に入った。
シミ一つない肌。スキンケアなどせずともこのきめ細やかさ。
特別大きな胸というわけではないが決して小さくもない。つまりバランスが良いということだ。
お腹周りなんてのは語るまでもない。見ろこのくびれを。
すらりと伸びた美脚も癖によっては垂涎ものだろう。
とそこまで考えたところで、
(……さっさとシャワー浴びよう)
正気に返りモモはそそくさと浴室に入った。
迅速且つ丁寧に身を清めリビングに戻る。
「おかえり~」
ソファに寝っ転がりクリスマス特番を見ていたルイがゆるーく声をかけて来る。
普段の誰にも礼儀正しい彼を知る者は驚くだろう。
この姿を知っているのが自分だけと思うと、どうしようもなく誇らしくなる。
「さて。それじゃあ食事にしようか。私も空腹でそろそろイライラして来たしね」
「ロクに食べてないから……ね」
「ん?」
起き上がりこちらを見たルイがポカンとしている。
何か顔についているかな? とモモが問えばルイはいや、と少し戸惑い気味に答えた。
「……私服見るのは初めてだなって」
そう言われスーツ以外でルイと接していたことはなかったなと気付く。
そう思うと今の状態に少しばかり気恥ずかしさを覚えモモは誤魔化すように笑った。
「ハッハア! 何時ものお姉さんと違う姿にドキっとしたかね? 可愛いなあ」
「はいはい。ほら、準備するよ」
ルイに促され二人で惣菜をテーブルに並べていく。
(頼んだのは私だが、ちょっと引くレベルで買い込んでしまったな)
こちらの世界に身を置いていれば文字通り食い貯めの技術は必須だ。
なのでこれも食べられないなんてことはないがそれはそれとして多過ぎる。
かなり大きなテーブルだというのにもう埋まってしまった。袋はまだあるのにだ。
(まあでも良いか。今日ぐらいは)
折角のクリスマスなのだから。
小さく笑いモモが缶ビールを軽く掲げるとルイも自分のジュースを持ち上げる。
「それじゃ今日一日お疲れ様でしたってことで」
「ああ」
乾杯。缶を軽く打ち合わせ二人のクリスマスが始まった。




