遅れて来た青春 後
買っておいた食べ物をテーブルに並べて二人揃って手を合わせる。
食品系の屋台は全網羅する勢いだったのでかなりの量になってしまった。
普通の少年と普通の成人女性であればかなりキツイことになってただろう。
(そう言えば)
お喋りをしながら食事をしていてふと思った。
(この子とは随分食事を共にしているな)
初めて出会った日に一回。翌日に一回。その後も九課の食堂で何回か。
総数は十にも満たないのに随分? と思うかもしれないがモモにとってはそうなのだ。
人生で一番私的な食事を共にした相手は誰かと問われればルイがぶっちぎりの一位になる。
別に対人能力が終わっているわけではない。
部下にも胡散臭いなあと思われつつもしっかり慕われてはいる。
ただモモ自身がのらりくらりと他人を寄せ付けていないだけ。
(……悪くない気分だ)
モモは胸が熱を帯びていくのを感じていた。
「ところでモモさん、何時まで居られるの?」
「それはもう当然、君の晴れ舞台を見届けるまでは居座るさ」
曰く、友人が演劇部の部長らしく出演を頼まれたらしい。
話を聞くに押しが強いタイプのようで押し切られたのだろうとモモは見ている。
「何せ主演なんだろ? 確かあらすじは男装の麗人とのラブロマンスだったかい?」
仕事をサボってでも見届けねばなるまいよ。
からかうように言えばルイは何とも言えない顔で黙り込んでしまった。
そんなところもまた愛らしい。
「確か四時からだっけ?」
「うん。最後のリハもあるからエスコート出来るのは三時までだね」
「構わないとも。あとはテキトーに時間を潰しているし」
食後。二人でまったりとお茶を飲みながらお喋りをしているとルイに電話がかかってきた。
「失礼」
「構わないよ」
ひらひらと手を振り外に出るルイを見送ったモモだが、
(誰と何を話しているのかな、っと)
悪戯心で盗み聞きをすることに。
普段ならしないのに年甲斐もなくはしゃいでいるせいだろう。
何が悲しいってモモ本人に浮かれている自覚がないのが悲しい。
(……あらら)
電話の相手は演劇部の友人。
内容は相手役を演じる女子生徒が体調不良で早退してしまったというもの。
(今から代役を立てるのも大変だろうねえ)
脇役ならまだしもヒロイン。台詞量も相当多いはずだ。
台本合わせに付き合っていた女子部員などを代役にするしかないだろう。
相当な無茶を強いることになるがそれぐらいしかあるまい。
などと考えていたが状況はよろしくなさそうだ。
(おやおや、代役に立てられそうな部員も居ないと)
外部の協力者でしかないのにそんなことを相談されて可哀そうに。
モモが少しばかり同情していると、
(うん? あてがあるのか。流石だね)
ルイはあてがあるから少し待っていてくれと電話を切り部屋に戻って来た。
こちらに断りを入れて席を外すためだろう。
素知らぬ顔で事情を聞いてやろうとするモモだが、
「モモさんは人前に立つの平気だよね? 記憶力も良いよね?」
「え、は?」
想定外の流れがやって来た。
少し焦った様子のルイは手短に状況を説明しその上で頭を下げる。
「少しでもお返しをなんて言っておきながら情けない話だけど力を貸して欲しい」
「い、いやでも外部の人間がというのはまずいだろう?」
「そこはもう仕方ない。上手く誤魔化す」
超常の力を使うということだろう。
日常でこの手の力を使うことを好まない彼がそのような手段に出る。
何のためかなんて考えるまでもない。誰かのためだ。
「この日のために皆で頑張って来たからどうしても成功させたいんだ」
何より舞台に上がれなくなった子のためにも。
どうやら出られなくなった子は自分のせいでと気に病むようなタイプのようだ。
「……しょうがない。年下の男の子のお願いを聞いてあげるのもお姉さんの度量というものだろう」
甘えさせてあげよう。
と少しばかり照れを滲ませながら努めて何時も通りに答えるとルイはパァっと顔を明るくした。
これだけでモモとしては良いことをした気分になってしまうのだからもう……。
「じゃあ早速で悪いけど衣装合わせとか台本のチェック頼んで良いかな」
「勿論。まあ衣装の方はいざとなれば上手いこと誤魔化すとしよう」
結論から述べるとモモの起用は大成功だった。
見目麗しさという点でルイと同じくアイドルや俳優も顔負け。
加えて役を演じるという面でも“普段”からやっていることなので問題なし。
台本の記憶? 障害にすら成り得ない。必要な部分だけどころか全て数分で覚えられる。
仮にとちってもその場でアドリブをかませる応用力があるのだから失敗する要素がない。
「【地にはどこかへ続く道が。空には道を照らす光が】」
「【そして隣にはあなたが居てくれる】」
「【ならば僕らはどこへだって行けるはずだ】」
抱き合い口づけを交わす。恋物語の〆はキスと相場が決まっているのだ。
幕は降り喝采の下に夢のような時間は終わった。
たかだか一時間と少しだったがモモにとっては人生で一番と言って良いほど濃密な時間だった。
芝居とはいえただ愛することにのみ意識を割く。本当に楽しい時間だった。
「……本当に助かった。このお礼は何時か必ず」
「いいやむしろ私の方こそ礼をすべきだよこれはね。随分と楽しませてもらった」
人払いがされた後者の屋上。
校庭で行われる後夜祭の準備を言葉を交わす二人。
何時もの澄まし顔も、胡散臭い笑みもそこにはなくとても穏やかな表情をしていた。
「中華の返礼にしては貰い過ぎなぐらいさあ」
「そっか」
「ああ」
そうこうしていると後夜祭が始まった。
楽し気な曲が流れ生徒たちが楽し気に踊っている。
君は混ざらなくて良いのかい? モモの言葉は続かなかった。
差し出されたルイの手と自分を見つめる視線が何よりもの答えだったから。
夢のような時間はもう少しだけ続くらしい。
「では一曲だけ」
月と星が照らすステージ、喧噪は遠く二人だけの世界。
惜しめど時は流れ、微かな寂しさとそれ以上の幸福と共に二人の今日は終わった。
「じゃあ、また」
「ああ、気を付けて」
「フッフ、私をどうこう出来るような輩がそうそう居るとは思わないけどね」
まあでも気遣いはありがたく。
ルイに見送られモモは帰途に就いた。
「……嗚呼、本当に楽しかった」
彼と一緒ならこれからもこんな時間が過ごせる。
そう思えば自然と足取りは軽くなった。
とまあ、モモについてはこれぐらいで良いだろう。
ここらでこれまで露骨にスポットが当たらなかった男について触れようではないか。
ああ、語らねばなるまい。
(――――計画通り)
お前たちにも教えよう。年増が乙女ってる裏側で綴られていた脚本を。
お前たちにも教えよう。ジレンの“強さ”への執着の理由を。




