遅れて来た青春 前
「さて参ったな。化粧なんて何時振りか」
その日、モモは早朝から鏡台の前で自分の顔とにらめっこをしていた。
自分の顔が化粧などせずとも人並み以上に端正であるという自覚はある。
だが特別な日に何の飾りっけも見せないのはどうなのか。
そう思い急いで買い揃えたは良いがどの程度、施せば良いものなのか塩梅が分からない。
それで手が止まっていたのだが、
「……いや待てよ」
ふと気付く。
変に気合入れて化粧なんてしたら引かれやしないだろうか?
「むむむ」
悩むモモ。
そもそもどうしてこんなことになってしまったのかと言えば十日前まで遡る。
清明装束を贈った日の夜、モモはルイを食事に誘った。
非常に楽しい時間を過ごせたのだが別れ際。
『モモさん、文化の日って予定どうなってます?』
ルイにこんなことを聞かれた。
『うん? 何か予定があるならなるべく仕事は回さないようにするが』
『……ああそうか。僕も特対の職員になったんだから事前に申請しておくべきだった』
うっかりしてたと苦い顔をしつつルイはそうしてくれと頼んだ。
モモとしても問題はなかったので受け入れた。
しかし自分の予定を聞いたのだと思っていたが話しぶりからして違うらしい。
『私の予定を聞いてたのかい?』
『ええそのつもりでした』
『これは失敬。勘違いした。文化の日だったかな?』
特に予定は入っていない。
仮にあってもやろうと思えばどうとでも出来る立場だ。
なので特にない。何時も通り椅子を尻で温める仕事に従事するだけだと答えた。
『なら少し時間を頂いても?』
『え』
『貰いっぱなしでは僕も気が咎める。少しぐらいはお返しがしたい』
そう言ってモモに一枚のチケットを差し出す。それは学園祭の入場券だった。
文化の日とはそういうことかと納得すると同時に胸が高鳴る。
『学生の催しものではあるけど中々のものだという自負はある。どうだろう?』
本人としては言葉通りお返しのつもりなのだろう。
しかし客観的に見ればデートのようではないか。
『……そう、だね。うん。良いよ。誘いに応じよう』
若人の青春を眺めて心に潤いを、なんておどけた返しをしてその場は余裕を保った。
だが一人になるとどうしても色々と考えてしまうもの。
それでまあ柄にもなく化粧のことで悩んだりしているというわけだ。
「……チィッ。あまり時間もない。腹を括るか」
バッチバチにキメるのではなくあくまでほんのり。
方針を定めるやモモは手早く化粧を済ませ家を出た。
(しかし……私が直接、ここに足を運ぶことになるとはねえ)
今日のために開放された駐車場に車を停め学校の敷地に踏み入る。
モモはルイとは関係なしにこの学校の存在は認知していた。
(まったく。あれほどの逸材を見逃しているとは我が事ながら情けない)
そんなことを考えながら屋台がひしめく中庭を歩く。
悪くない雰囲気だ。けど、それだけ。心が揺れるようなことはない。
「良かった。来てくれたんだ」
お目当ての屋台近くに行くとヘラを操っていたルイがほんの少し口元を緩めた。
(……可愛いな)
モモはルイのささやかな喜びを噛み締めるような小さな笑顔が好きだった。
普段のツンとした澄まし顔とのギャップが堪らないのだ。
「勿論。ああそうだ。私にも一枚」
校門付近で購入した食券を受付の生徒に渡すとルイがむ、と顔を顰めた。
「……今日は僕のお礼なんだけど」
「ハッハッハ、そうだったね。まあこれぐらいは見逃しておくれ」
「はあ。了解。でも他は僕が持つから」
「はいはい」
父母を早くに亡くしたという経験からか。
普段は年齢不相応にしっかりしているのがルイだ。
それでもまだまだ子供。学園祭というイベントで気が緩んでいるのだろう。
こんな風に年相応の顔を見せてくれる。これだけでも来て良かったと思える。
(やっぱり可愛い)
でもそれはそれとして、
(ちょっと面白いねこれ)
ルイのクラスの出しものは展示とお好み焼きの屋台だ。
今も彼ともう一人の男子が鉄板の上でお好みを焼いているのだがクオリティが違い過ぎる。
(学生の屋台だというのに手つきが完全にプロのそれなんだもん)
並んでいる客も明らかにルイのが当たりだなみたいな顔をしているぐらいだ。
「じゃあ僕はこれで。あとよろしく」
「りょ。ってか神央くん、あのお姉さんひょっとして」
「さてどうだろうね」
交代に来た女子がニヤニヤしながら聞けばルイはそう答えた。
一々説明するのが面倒だったから流しただけとは分かっている。
分かっているがまるで暗に肯定されているようにも思えてしまう。
モモはそっと扇子で口元を隠した。
「待たせて申し訳ない」
「何の何の。学生らしい君の姿を見られて中々に面白かった」
「お好み焼いてただけなんだけどね。それよりまずは昼食かな?」
ならどれにする? とルイが食券の束を広げて見せる。
飲食系のものは全て二枚ずつ買っておいたようだ。準備が良い。
「ああいや買いはするけど食事は先かな。買うもの買ったら展示が見たい」
「……? え、じゃあ何でお好み焼き買ったの?」
言わんとすることは分かる。
直前に買った方が熱々のものを食べられるのだから今買う理由はない。
そう思ったのだろうがモモにも言い分はある。
「私が惣菜好きなのは知っているだろう?」
「それはまあ、うん。お気に入りの惣菜売ってるスーパーのマップ作るぐらいだし」
雑談の中で話したこともしっかり覚えていてくれているのがポイント高い。
嬉しさを覚えながらモモは幾分声を弾ませ語る。
「出来立ての時間に行かなきゃ惣菜って冷めてるものだろう?
たこ焼きやお好み焼きなんかもそう。時間経過でへにゃっとしてるのが常だ。
そこから家で温め直したりもするんだろうけど私はそのままが好きなんだよ。
あの冷めてへたってソースの味が心なしか濃く感じる状態が一番なんだ」
だから時間を置く。他のもそう。熱いのは大体冷めてるのが一番好き。
モモがそう断言するとルイは目を白黒させて、
「はは」
小さく笑った。
馬鹿にするような笑みではなく楽し気なそれだ。
モモにもそれは伝わっていたから冗談めかして抗議の言葉を口にする。
「おいおい、笑うなんて酷いじゃないか」
「ごめんごめん。でも、こう、ねえ?」
普段は胡散臭いという印象が強いからギャップに面喰ったのだという。
「思いがけずまた一つ、一ノ瀬百という人間を知れたよ」
惣菜の話一つでこうなるとはモモも予想していなかった。
「結構、面白い女なんだね。あなたは」
だが悪い気分ではない。
「折角だ。冷めたお惣菜の魅力について教えてよ」
「勿論。まだまだ私を知ってもらおうじゃないか」




