揺るぎない精神
「というわけでちょっと待っててくれ」
そう言ってモモは施設を出て行った。
残されたルイは火照った体を飲料水で冷ましつつ首を傾げる。
(良い物……? お前の首か?)
百歩譲って殺したいぐらい嫌いなのは良い。
そんな相手に必要だからと延々師事し続けられるこの男の情緒はどうなってるんだ。
「待たせたね」
五分ほどで戻って来たモモの手には符が貼り付けられた桐箱。
(金の匂いがする)
ルイの鋭敏な嗅覚はそこから高い金銭的価値を嗅ぎ取っていた。
百万二百万どころの話ではない。
(億単位? フホホホ!)
億単位だろうと売れなければ意味はないとそう思うかもしれない。その通りだ。
実際ルイも対人関係を考えて売り払うつもりはない。
ルイ的には高い金銭的価値を有する物品を自分が所有しているという事実が欲しいだけ。
あれだ、烏が光る物を集めるのと同じような習性と思ってくれれば良い。
「それは?」
と問うとモモは意味深に笑いながら箱を開け中の物を取り出して見せた。
「扇子? いやだがこれは」
「気付くか。まあ当然だね」
白地に桔梗の花があしらわれた古めかしい扇子。
だが見る者が見れば分かる。何ならルイは同種のものを使っていたこともあるのだから。
「コイツは世にも珍しい“不完全な付喪神”さぁ」
まあ珍しくはあるけどドヤ顔でお出しされるほどのものではない。
これで金銭的価値がなさそうならルイは秒で興味を失っていただろう。
「意思が欠如している? でもそんなことが……あり得る、んだよね」
「柔軟な思考だ。裏の常識からすれば意味が分からないだろう」
「……どこでそんなものを?」
ハジメが九課に保護されていないことは知っている。
今も普通に学校に通っているし異能の兆しも見えないからだ。
同種の能力者が居るとも考え難い。
何せ暫定世界を滅ぼす切っ掛けであろう力なのだから幾つもあったら困る。
「幼い頃、京都にある祖父母宅の蔵で見つけてね」
ただその時は裏のことなど何も知らない一般人。
これが何なのかを理解したのは成人してから。
既に特対の人間として職務に従事していたモモは仕事で京都に赴いた際、祖父母の家に寄ったらしい。
そこで小さい頃に見た扇子のことを思い出したのだという。
「丁度お気に入りの扇子が駄目になってしまったから少しの間代替品にと思ったんだが」
「まさかまさかの、ってわけか」
「ああ。任務終わりでゆっくり休もうとしてたのに台無しさ」
まだ存命だった祖父に来歴を聞いてみたが祖父も知らなかったらしい。
祖父は一般人なのでそれ以上の情報は得られず、とりあえず持ち帰ることにした。
そして特対の施設で調べた結果、幾つかの情報が判明したそうな。
「まずどういう原理でこんなものが誕生したかは分からなかった」
「……そうか。まあ、そうだろうね」
「だが扇子の持ち主については判明した」
「それは一体?」
「安倍晴明」
オカルトに詳しくない人間でも一度は聞いたことがあるだろうビッグネーム。
特対にも陰陽寮から継承した清明由来の呪具なども幾つか所蔵されている。
それらと扇子に染みついた霊力の波長が一致したから判明したのだろう。
「元は職務とは何の関係もない私物だったというのが専門家の見立てだ」
それがどういうわけか不完全な付喪神と化してしまった。
原理は不明だが少なくとも清明の仕業ではないだろう。
もし清明が何らかの秘術で不完全な付喪神を作れてしまったとしてだ。
秩序の側に立つ彼がその危険性を分からないはずがない。
秘術と共に現物も確実に処分する。千年以上先まで残っているわけがないのだ。
「人為的なものか偶発的なものかも判明していないが他に同種の物品もないからね」
今のところは後者であるというのが大方の見解だという。
「なるほど。で、それを僕にくれるって? 駄目でしょ。あと僕としても普通に困る」
「まあそう焦らない。最後まで話を聞いておくれよ」
そう宥めモモは理由を語る。
清明の扇子は最終的にモモが個人的に所有することになったのだという。
元々モモの家から発見されたというのもあるがそれ以上に、
「私ぐらいにしか“使えなかった”んだよ」
「……使う?」
一つ頷き霊力を流すと扇子は桔梗の花があしらわれた狩衣に変化しモモの体を包み込んだ。
やはりこれもハジメの力を受けた指輪と同じように形を変えるらしい。
この形態をモモは清明装束と呼んでいるとのこと。
「意思は欠如しているが付喪神としての異能はしっかりあるらしくてね」
防御力もさることながら特筆すべきは術の強化。
陰陽術や呪術だけでなく西洋魔術などもブーストされるとのこと。
「ただコイツは人を選ぶんだ。私以外では装束に変化さえしない。
それで奪われる心配もないしと私個人の所有物になったんだが……ぶっちゃけ必要ないんだよね」
効果がないわけではないが実力の高さゆえブーストの幅はそこまで大きくない。
防護や強化目的なら自分で一から作った物の方がよっぽど効果が出る。
じゃあ単なる扇子として使おうかとも思ったが、
「もっと良いのが幾つもあるし。今使ってるのとかね」
なので戦力強化と入省祝いも兼ねてルイにと思ったらしい。
「でも人を選ぶんでしょ?」
「君なら大丈夫。手合わせしてて分かった。感覚的なものだから説明は難しいけどね」
試して御覧と扇子を投げて寄越す。
(……これで変化しなかったら覚えてろよ)
自分に恥をかかせた報いは必ず受けさせる。
そう怨念を燃やしつつルイが霊力を流すと、
「ほら、ね?」
モモの見立て通りに清明装束へと変化した。
「これは」
「力が溢れるだろう? さっき式神を使ってみなよ。効果の程が直ぐに分かる」
言われるがまま桔梗印を描き式神を呼び出すと明らかに質が違った。
ざっくりとした目測でも倍以上の力を感じるし、
「……消費霊力も軽減されるのか」
式神を起動する際に要する霊力も明らかに減っていた。
「術ならどれも強化の対象だが清明縁の品だからだろうね。陰陽術とは特に相性が良いのさ」
「本当に構わないのか? こんな良い物を」
「勿論。死蔵しておくより正しく使ってもらった方が物も喜ぶ。何せそれは不完全な付喪神だからね」
意思が芽生える兆しは一切ない。
それでも万が一を考えれば大切に扱ってもらった方が良いとモモは言う。
「ではありがたく」
「ああ」
「もう少し調子を確かめたいんだけど施設の使用時間とか大丈夫かな?」
「構わないよ。だって私がトップだもん。私の一存でどうとでもなる」
「それはどうかと思うけど……まあ良いや」
それからしばらく清明装束の具合を確かめていたのだが、
「フフ、フフフフ」
「……何かおかしなところでも?」
「いやそんなことはないよ」
むしろその逆。
「本当に良く似合ってるなって」
モモの顔は本当に嬉しそうだった。
さながら自分の贈った手作りマフラーをつけているピを見る彼女の如く。
胡散臭い美形がそんな顔を見せたらそのギャップで少しドキっとしたりするものだが……。
(キッッッッショッッ!!!)
まあこれだ。
(というか今気付いたけどコイツ何回かこれ着てるんだよな?)
必ずクリーニングに出そう。ルイの決意は鉄より硬かった。




