さよならのベル
何だってしてやる。その言葉に嘘偽りはなかった。
約一ヵ月、宣言通りに全力で幸男の修行を全方位からサポートした。
成長するのはルイにとって不都合なのでは? と思うかもしれないがそんなことはない。
血の滲む努力を積み重ねても僅かな成果しか得られないというところが重要ポイントなのだ。
「……ルイ。お前には何と礼を言えば良いのか」
樹海で過ごす最後の夜。
二人は鍛錬を切り上げ焚火を囲み穏やかな時間を過ごしていた。
「お前のお陰で俺はここに来る前より何倍も強くなった」
ぐっと拳を握り噛み締めるように呟く。
実際、幸男はこの短期間で飛躍的な成長を遂げたと言えよう。
だが、
(ぷぷ、たかだか……す、数倍……! ふひぃいいいいい!!)
労力に見合った成果かと言われれば断じて否。
ここに来た当初の幸男がレベル2,3ぐらいなら修行後が10としよう。
仮にルイが2レベルから同じ修行をしたとすれば最低でも70レベルは確実だろう。
才ある者ならそれほどの成果を得られるほどにキツイ修行だったのだ。
「よしてくれ。僕はほんの少し手を貸しただけだよ」
ほんの少し(かつてないほどガチ)。
何なら五十近いループの中で一番熱量を注いでいたと言っても過言ではあるまい。
もっと真面目にスパダリ修行しろ。
「ここまで強くなったのは君自身の頑張りがあったからだ」
「お前が居てくれたからだ。本当にありがとう」
「……どういたしまして」
深々と頭を下げる幸男と照れ臭そうに頬をかくルイ。
傍から見れば爽やかな青春の一ページにしか思えないだろう。
「さっちゃん」
「……ああ」
ルイの表情が真剣なものに変わり幸男も居住まいを正す。
「技術的な面ではまだ伸びしろはある」
今あるものを磨くなり新たな技を学ぶなりで強くはなれるだろう。
「だが霊能力者としては頭打ちだ。ここから先は鍛錬だけでは壁は超えられない」
「……どうすれば良い?」
「師曰く、心を大きく揺さぶる“刺激”こそが霊能力者の成長に一番必要不可欠とのことだ」
そればっかりは自分には与えてやれない。
かと言って探して見つかるようなものでもない。巡り合わせだ。
「……運、ということか?」
「いや完全な運とも言い切れない。これまた師の言葉なんだけど」
一応、補足しておこう。ここで言う師とは一ノ瀬百のことである。
そして当たり前の話だがモモを師匠などとは微塵も思っていない。
敢えて師という言葉を使っているのは聞こえが良いからだ。
独力で強くなりましただと嫌味に思われ要らぬ嫉妬を買うこともある。
だが師が居ると言っておけば師のお陰だと嫉妬心を誘導出来るから利用しているのだ。
「言霊というものがある」
「……言葉には力がある。良い言葉は幸せを、悪口雑言は不吉を招く……だったか?」
これも座学の中で習ったことだ。少し自信がなさそうなのはご愛嬌か。
ちゃんと覚えてくれていて嬉しいよと頷きルイは続ける。
「只人の言葉ですら因果を紡ぐのであれば霊能力者ならば尚更。
言葉に出さずとも抱く想いが真実揺るぎないものなら相応しい場所にその命を運んでくれる。
師はそう教えてくれた。つまりは、だ。心の底から力を、強さを求める君ならば」
相応しい刺激になり得る試練が勝手にやって来るかもしれない。
言わんとしていることを理解した幸男がこくこくと頷く。
「……信じてくれるんだね。僕が聞いた時は胡散臭いなあって思ったんだけど」
「お前に出会えた」
行き詰まり泥の中で喘いでいた自分をルイと引き合わせてくれた。
それが何よりもの証明だと幸男は小さく笑った。
「……参ったな。言いたいことを取られちゃった」
「?」
「僕も君と出会えて信じられるようになったんだ」
道が途切れ空っぽになっていた胸に熱を灯してくれた。
この出会いをこそ人は運命と呼ぶのだろうとルイも微笑みを返す。
「だからこそ僕は君に言っておきたいことがある」
「何だ?」
「僕が君に力を貸そうと思ったのは真っ直ぐでひたむきな心に触れたからだ」
未だ幸男が何のために強さを求めているかは知らない。でもそれで構わない。
その想いが正しいことなのだろうと信じさせてくれる心があるからだ。
「諦めろとは言わない。逃げるなとも言わない」
でも、
「その心だけは何があっても捨てないでくれ」
「誓おう。この友情に」
「……ありがとう。これで憂いはなくなったよ」
何と美しい語らいか。
降り注ぐ月と星の光も相まって物語のワンシーンを見ているかのようだ。
本当に、
(よしよしこれからも頑張って何もかもを無駄な努力に費やすんだぞ)
これさえなければな!
「ルイ。一つ頼みがあるんだが」
「何かな?」
まがりなりにも指導者としてこの一ヵ月近く面倒を見て来たのだ。
卒業祝いというわけではないが頑張った生徒にご褒美があって然るべきだろう。
自分に出来ることなら何でも言ってくれと笑うルイに幸男は言う。
「……コーヒーを、淹れてくれないか?」
「……はは、了解」
ルイは笑いながら立ち上がると準備を始めた。
初めて出会ったあの夜のように。
「でもさ、コーヒーだけじゃ物足りなくない?」
「そうだな。甘いお菓子もあれば最高だ」
「実はあるんだよねえ。前の買い出しの時に用意しておいたんだ」
「つくづく気が利くな」
「だろ?」
そこからは特別でも何でもない。
十代の少年らしい他愛のないお喋りが続いた。
そして二人は夜明けと同時に樹海を後にした。
「「……」」
始発を待つ無人駅のホーム。互いに言葉はなかった。
別れを惜しむ気持ちはあれど気まずさはない。
微かに聞こえる蝉の声と風の音。穏やかな時間が流れる。
でもそれは永遠には続かない。
電車の到来を告げるベルが鳴り響き幸男が席を立った。
「行くのかい」
「ああ」
向かう先は正反対。連絡先も交わしていない。
狂おしいほどに力を求める幸男の道を考えればこれが最期の別れかもしれない。
それでも湿っぽい別れなんて御免だ。
「縁があればまた会おう」
「うん、いつかまた」
待合室を出た幸男が振り返ることはなかった。
電車に乗り込み消えていく彼を見送りルイは小さく息を吐いた。
その目には薄っすらと涙が浮かんでいて、
(――――これがペットロスってやつなのかもね)
最後の最後まで最低だった。
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