キッショ
「こんなところに来るぐらいだ。時間的な猶予はあまりないんだろう?」
「……ああ。数日でどうこうなんて話ではないが」
未明から二人は修行のための話し合いをしていた。
ルイとしては昨夜の内に詰めるつもりだったのだが幸男の休養を優先させた。
彼のスペックではここまで辿り着くのでもかなりの難行なのだ。
「コツコツ地道にやれるほど余裕もないと。なら実戦形式で磨き上げていくことになるね」
かなりハードになるが構わないかな?
ルイの言葉に幸男は望むところだと胸を叩いた。
「結構。なら早速始めようか」
「ッ……ああ!」
ルイが霊力を励起させると幸男もそれに合わせ霊力を起こした。
平然としている前者と苦痛に顔を歪めた後者。キャパシティの問題は残酷だった。
「おいで」
ルイが軽く手招きをすると幸男は一つ頷き駆け出した。
最初はジャブ。無難な一手だ。けど、
「!?!?!」
撫でるように腕を絡め取られそのまま投げ飛ばされてしまう。
何が起きたか分からず困惑しているその表情がこれまた惨い実力差を示していた。
「足を止めるな思考を切らすな。強くなりたいんだろ?」
「……すまん!!」
立ち上がり再度、攻める。あの手この手で攻めるが何一つ届かない。
モモがそうしていたように幸男を捌きつつルイは評価を下す。
(霊力はギリギリ裏に踏み入れる程度で体術も並み、と)
霊力による身体強化がなければ才能のある人間に少し劣るぐらいか。
更に残酷なことを言うと、だ。
(あれこれ色々齧ったのかな? 少しでも手札が増えるようにって。悪手だね)
少し劣るというのは一つの道で必死に打ち込めばという前提ありきだ。
あちこち手を出した結果、どれもこれも“大きく劣る”に成り下がってしまった。
幸男は選択を誤ったのだ。非才の身を少しでも押し上げるための努力を全て間違えてしまった。
だが武の才能もなければ利口な頭もない。だから全てが噛み合わなかった。
その心根は善で向上心にも満ちていてそれなのだからあまりに残酷だ。
(――――ホント最高だよ君ッ!!)
だがその残酷さもこの男にとっては甘露のようなもの。
蕩ける甘さを舌で転がしながらそれをおくびにも出さず指導を続ける。
「さっちゃん。君の間違いを指摘しよう」
「まち、がい……う゛!?」
転ばされ地を舐める。
「君は何一つとして技術を己のものに出来ていない」
「ッッ……」
正式に戦闘技術を学び始めたのは十年にも満たないだろうに偉そうなと思うかもしれない。
実際、ルイはセンスも才能もあるが飛び抜けて恵まれているわけではない。
超一流のセンス、才能には及ばない。良くて一流下位ぐらいか。
指導者として偉そうに講釈垂れるならまだまだ経験不足。
だが歴戦の兵たるモモをして恐ろしいと言わしめる“執念”に起因する才能が一つあった。
『……君は学びを最適化するのが恐ろしく早いね』
それが与えられた技術を己の血肉に変える早さだ。
四十五周目でモモから戦いのいろはを学び、四十六周目に突入した。
疑問に思わなかっただろうか? よく怪しまれなかったなと。
まったく関りのない人間の動きに自分の色が混ざっていたら普通は怪訝に思うだろう。
だがその手の疑念は一切持たれなかった。完全に自分の血肉としていたからだ。
「誰かに与えられたものを劣化させて使っているだけだ」
ルイは誰かに教えられるということを反吐が出るほど嫌っている。
教わるという立場上、自分が下になるのが気に入らないからだ。
ゆえに必死で知識なり技術なりを己の形に最適化しようとする。
そうすることで教えた人間の色を消し去り自分のものだと主張しているのだ。
『見たか? 覚えようと思えば独力でもやれるんだよ。ちょっと習得速度が早まったぐらいで勘違いするなよ』
と。
これもうプライドが高いとかいうレベルではなく病気だろう。
ともあれそんなルイだからこそ他者の教えを血肉に変えることについては厳しく査定出来るのだ。
「さっちゃん、ジャブの打ち方どう習った?」
「え、えっと確か」
一旦手を止めルイが質問すると幸男は戸惑いつつも答えた。
それを聞いたルイはその言葉通りにジャブを打って見せる。
幸男のそれとは違う鋭い一撃だ。
「教えを守ってその通りに反復練習で染み込ませれば良いジャブが打てるようになるだろう」
でも決して100点のジャブにはならないと断言する。
「何故か分かるかい?」
「……分からない」
「簡単なことだ。人によって差があるからだ」
筋肉のつき方、骨格、反射神経の良い悪い。
拳を放つ人間によって条件が違うのだから当たり前のことだと幸男を諭す。
「服で例えれば分かり易いかな。既製品と特注品だ」
指導者の教えは既製品。
サイズさえ間違えなければ誰にでも合うようになっている。
だが特注品の快適さには及ばない。
そりゃそうだ。完全に自分の体に合わせて作られている方が良いに決まっている。
「既製品と特注品。一つ一つの違いは小さなものだろう」
だが塵も積もれば山となる。
些細な違いを積み重ねてそれが大きな結果に繋がるのだ。
「今のさっちゃんは既製品を本当にただ着ているだけで着こなせてすらいない」
既製品も着こなせない人間が特注品を作っても宝の持ち腐れ。
次のステップに進もうと思えばまずは既製品を完全に着こなしてから。
「……どうすれば良い?」
「フフ、そうやって己の不足を素直に認めて改善しようと思えるのはさっちゃんの美点だね」
お前には欠片も存在しない美点だね。
「……からかわないでくれ」
「本心さ。さて質問の答えだね。ただ漫然と手を出さず考え続ける事。それに尽きるよ」
どうすればもっと速く打てるのか。
どうすればもっと威力が出るのか。
自分の体をどう使うべきかを実戦の中で只管突き詰めていく。
「そうすれば君はきっと強くなれる」
「……」
「さっちゃん?」
「累。お前に出会えて本当に良かったよ」
「大袈裟だな。さ、続きだ。今言ったことに気を付けながらかかっておいで!」
「ああ!」
それから数時間、幸男が疲労で意識を飛ばさすまで鍛錬は続いた。
「フフ」
倒れた幸男の額に濡れた手拭を乗せながらルイは小さく笑う。
(出来の悪い子ほど可愛いとは正にその通りだね。だってコイツはこんなにも可愛い)
頭を撫でるその表情はこの上なく慈愛に満ちていた――キッショ。
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