そしてお説教部屋へ
「いやぁ、その、何だろ。正直舐めてたなあって」
カリキュラムを受け始めて一週間。
お盆休みも近づいて来たある日のこと、ルイとハジメは庁舎の食堂で互いの進捗を確認し合っていた。
「ほら、色々あるけどさ。学校の勉強とかじゃなくてファンタジー入ってるでしょ?」
「うん」
「それならわりと楽しんで覚えられるかなとか思ってたけど全然。……法律とかも勉強するんだね」
「まあ立場上、公務員だしね」
がっくりと項垂れるハジメを見てルイは酷く気分を良くしていた。
他人の能力不足が垣間見える瞬間こそ楽しいものはないからだ。
「神央くんの方はどう?」
「そうだね。とりあえずこのテキストに書いてあるところはもう全部終わったかな」
ハジメが使っているというテキストをぱらぱらめくりながら答える。
細かな言い回しなどは異なるが大体のところは既にモモから教えられていた。
「……あの、戦いの合間にやってるんだよね?」
「何なら戦いの最中にも小テストとかやらされてるよ」
誤答した瞬間、強烈な一撃が叩き込まれる超スパルタ形式だ。
「そ、それはまた」
「問題の傾向が基本イヤらしいんだよねあの人。明らかに誤答を狙ってる」
ぶっぶ~と口で言われる度にルイは怨嗟を燃やしているほどだ。
もしも恨みでタービンが回せるならコイツ一人で都市一つぐらいの電力は賄えるだろう。
「……」
「九十九さん?」
お喋りが途切れハジメの顔が曇る。
ルイは思った。めんどくせえなコイツ、と。
どうしたの? みたいなツラをしているが洞察力の鬼にはハジメの心情などお見通しだった。
「ごめんね、私のせいで」
ほら来たこれだ。
萎え萎えだがそこは未来のスパダリ。気の利いたセリフを吐けるチャンスは逃さない。
俯き唇を噛むハジメにルイは言う。
「謝らないでくれ。謝られる方が僕は苦しい」
日の当たらぬ道に入ると決めたのは他ならぬ自分だ。
その切っ掛けがハジメであったとしても選択権は常に自分が握っていた。
「そうやって謝られると自分の道を否定されたようで辛くなる」
「ひ、否定なんてそんな!」
「分かってる。そんな気はないって。でも分かるだろう?」
「それは……」
「東大に満点合格する。僕の無茶に思える夢を肯定してくれたのは君じゃないか」
そんなハジメに選択を否定されるのは酷く堪える。
「確かに選んだ道は長く険しく苦しいものかもしれない」
でも、とルイは微かに笑う。
「この道だからこそ見えた景色だってあるんだ」
そして道はまだまだ続いている。
「この先もここでしか見られない景色が僕らを待ってる」
行こう。
言葉はなかったが差し伸べられた手と優しい眼差しは何よりも雄弁だった。
「……うん」
まだぎこちないけれど微笑み手を取るハジメ。
甘酸っぱい青春の空気に職員や食堂のおばちゃんたちは胸をきゅんきゅんさせていた。
「いや~良いわぁ。青春だわぁ~」
「ひゃっ!?」
そんな空気を壊すように現れたのはモモだった。
サキイカを齧りながらテーブルに顎を乗せニヤニヤと笑う姿は不審者そのもの。
慌てて距離を取ったハジメの反応は実に正しい。
「何やってるんですあなた?」
「いやこれぐらいの歳になるともう若人のアレコレを眺めるぐらいしか潤いがなくてねえ」
もっちゃもっちゃとサキイカを咀嚼するモモにルイは軽く苛立ちを覚えた。
甘い時間を邪魔されたからではない。
『……二千年は少し前ではなくかなり昔――!?』
自分が年齢に触れたら過剰に反応された件のことがあるからだ。
あれ根に持ってたんだと呆れるかもしれないが当然。
些細なマイナスですら決して許さない忘れないのが神央累という人間なのだから。
(このダブスタ税金泥棒め……! 自虐はセーフとか舐めてるのか!?)
一生擦るじゃん税金泥棒。
というか今はルイも公務員でそのことを棚上げしてるけど正にダブスタ税金泥棒じゃないか。
「じゃ、じゃあ神央くん私はこれで!」
「ああ、また」
「えぇ? もう終わりぃ? もうちょっと頼むよ~」
うっざ死ねば良いのに。ルイはまた一つモモへのヘイトを積み重ねた。
「僕への指導はどうしたんです。何のためにここで待ってたと?」
ルイへの指導はハジメのこともあり優先度が高いとはいえだ。
モモは九課の長でありルイの面倒ばかりは見ていられない。
今日は午前中はお偉方との会合もあり指導はそれが終わってからという話になっていた。
「こっちは机上で空論を遊ばせることしか出来ないご老人の介護をしてたんだよぅ?」
ちょっとぐらい癒しがあっても良いだろうとワンカップを呷る。
職務時間内の飲酒。またしてもルイの税金泥棒カウントが足された。
これについてはモモが悪いので当然である。
「良いから行きますよ。時間は有限なんだ」
「やれやれしょうがないねえ」
言いつつ腕を引かれるモモの顔はどこか嬉しそうだった。
「では始めよう」
「よろしくお願いします」
指導は決して楽になるということはない。
ルイがステップアップすればそれに合わせて更にレベルが上がるからだ。
情け容赦のない地獄のシゴキはとっぷり暮れるまで続いた。
「今日はここまでにするが……時に少年、この後予定は?」
「……あなたの指導の後に予定を入れる余裕があるとでも?」
ジト目でモモを睨むルイだが彼を責めることは出来まい。
常に許容量ギリを見極めてしごかれていればこうもなる。
「初日に比べればまだ動けるぐらいには進歩してるじゃないか」
それはさておき予定がないなら丁度良いと笑う。
「何を」
と尋ねる前にモモは術でルイの身を清めると何かを投げて寄越した。
「指輪……?」
「装着者の霊力を用いて装いを変える魔具さ。一定以上の実力者にのみ支給されている」
「……つまり僕はある程度は認められた、と」
「ああそうとも。卒業証書はまだやれないが目に見える成果がないのもあんまりだと思ってね」
そこまで言って珍しく胡散臭いそれではない笑みを浮かべ言う。
「頑張ってるご褒美だ。試運転がてら食事にでも行こうじゃあないか」
ドレスコードが必要になるようなところ、ということだろう。
お高いタダ飯ともなればルイとしても断る理由はないのだが、
(……な、何か嫌な予感がする)
答えは世界が滅びた後で!
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