第一次茶番戦争 終
「ルイく……」
皇居に迎えに来たルイを見て嬉しそうにその名を呼ぼうとするが気付く。
その手に握られているものから感じられる気配。
それは紛れもなく……。
「……百さんは」
「……ああ」
「そ、っか」
ハジメ自身、出撃前に頼まれてはいた。
もし自分に万が一のことがあった場合はと。
でも、
「あんなに強い人が死んじゃうなんて、思いもしてなかった」
「僕もだよ」
ルイは小さく頭を振ってモモの遺言をハジメに伝えた。
「“気分の悪いことをさせてしまって本当に申し訳ない”――だって」
何と言えば良いか分からずハジメはただ頷くことしか出来なかった。
「とりあえず九課の庁舎に戻ろうか」
「あ、待って。その前に、やっておかなきゃだから」
ハジメの視線はルイの手に握られた扇子に注がれている。
そう急ぐことはない。気分的にも辛いだろうと諭すルイだが、
「……ううん。だって、最後のお願いだから」
「……そっか」
ルイの手の上から扇を包み込み深呼吸を一つ。
かつてない深度で異能が行使される。
生まれ変わった扇は一目で分かるほど超越の気配を纏っていた。
(今直ぐにでも試運転したいがそういう空気じゃないしな)
惜しむ気持ちを押し殺し切ない表情を作り扇子を懐に仕舞い庁舎へ。
ハジメを庁舎内の部屋へ送り届けた後、会議室に向かおうとしたところで足を止める。
待ち構えていたのは九課のナンバー2、静間だった。
彼は沈痛な面持ちでルイを見つめ頭を下げる。
「すまない」
「静間さん?」
「子供の君に、更なる重荷を背負わせてしまう」
いやそういうの良いから。さっさと課長就任の話をさせろ。
ルイとしては無視したいのだがそうもいかないのが辛いところだ。
「……本当に、情けない限りだ」
静間に限らず九課の人間は全員がそうだった。
昨年夏、九課入りしてから皆、ルイとハジメを気にかけていた。
生まれ持った力で自由を奪われた少女と、彼女のために茨の道に踏み込んだ少年。
大人として出来る限りを尽くそうとして来た。
だがルイの歩みはあまりに速過ぎたのだ。才ある者でさえ、早々追いつけない。
「一ノ瀬課長とバディを組んで危険な作戦行動をするとなった時も、ただ見送ることしか出来なかった」
ルイはモモと共に幾つも危険な橋を渡り成果を挙げてのけた。
そのお陰で今宵の決戦に繋がり最悪の事態は一先ず回避出来たのだ。
結果から見れば正しかったが感情面で納得出来るかと言えば話は別である。
「日の当たる場所に送り出してやるのが私たちの役目のはずなのに」
頼らざるを得ない。
この難局に際してモモの後釜を務められるのはルイだけだから。
「……何てことのない日々を過ごして大人になっていく。そんな生活に憧れがないと言えば嘘になります」
けど、とルイは胸に手を当て続ける。
「それは僕が僕であることより優先されるものではない」
見るべきものから目を逸らさない。
戦うべき現実に背を向けない。
胸を張って誇れる生き方をこそ何よりも尊ぶことを選んだ。
だから気にする必要はない。
「もしそれでもと仰るなら僕を支えてください」
「……こんな時に弱音を零し、あまつさえ慰められるなんて本当に情けないな」
言いつつ静間の目には小さな光が宿っていた。
揺れる心で、それでも覚悟を決めたのだ。
「全霊を以って君を支えよう」
「ありがとうございます」
静間を伴い会議室へ向かう。
室内には広島に赴いた五人の課長。モニターには留守番組の三人の課長が既に集まっていた。
【早速、会議を始めようか】
最年長の野崎が画面の向こうで宣言し全員が頷いた。
「爺さん、上の反応は?」
【異常戦力五人を喪い、敵の首魁は取り逃がす。予断を許さない状況であるとは弁えている】
その言葉に全員が安堵の息を漏らす。
結局、何をするにも上の許可が必要なのだ。
未だ難局の渦中に在るという認識ならば足を引っ張られることはあるまい。
「ルイくんの課長就任は?」
【まあ、流石にそこは渋られたの。何のかんの言ってまだ二十歳にも満たぬ小僧ゆえな】
「なら」
【話は最後まで聞け。ここで揉める時間も惜しいから儂ら全員の推薦だと押し切ったわい】
これにはルイも内心でガッツポーズ。
いずれは局長の椅子もと野望の火をメラつかせる。
「となると残るは三、五、七、十の後任だな」
「九課には即戦力の神央くんが居たけど他はどうなんだ?」
【私たちと肩を並べられる人材をとなれば難しいと思うわ】
「局長は何と?」
【儂らの判断に任せるとよ】
特対の局長は只人の文民だ。
平時なら意見を募りはしても最終的な決定権を委ねることはしなかっただろう。
だが今は緊急事態。それゆえ課長たちに大きな裁量を持たせたのだ。
上が足を引っ張ることはないという先の認識で間違いはなさそうだと全員が頷いた。
「事が落ち着くまでは空席にして一先ずは俺たちが持ち回りで代理をってのでどうだ?」
「それで良いと思うわ。ただ私たちもやらなきゃいけないことが多いし」
「平時の業務は各課のナンバー2に任せて大規模な作戦行動の際はって感じですかね」
とルイが意見をまとめると全員が同意。
課長になるだけあって皆、有能で話が早い。
次々とこれからの方針を決めていく。
「一ノ瀬さんが言ってた仕掛ける時期だが」
「こちらとあちらの損耗具合を考えれば……三ヵ月ぐらいが限度じゃないかしら?」
【彼奴らもそこは理解しているでしょう。となればどのような形で衝突することになるか】
真っ向切っての決戦か。
或いは体制側の存在であるというこちらの弱点を突くような形で攻めて来るか。
【そこらはこれからの流れを観察しつつ適時、話し合えば良いじゃろ】
「だな。今は三ヵ月というリミットを共有しとくだけで十分だわな」
「刻限までに各自、備えをするということで」
異議なし、と声が揃う。
そろそろ会議も終わりかという空気が流れ出したところでルイが遠慮がちに手を挙げる。
【どうしたね?】
「……今、絶対にすべき事柄ではないと理解していますが」
そう前置きしてこう告げた。
「弔いを」
短い言葉だったが言わんとしていることは全員に伝わっていた。
大人たちは目を瞑り少しの沈黙の後、頷いた。
若くして重責を担うことになった少年を見る彼らの目はとても優しかった。
(よしよし。課長就任して早速、存在感を示せたな!)




