第一次茶番戦争⑥
「はは……すまないね。見苦しい姿を晒してしまって」
重い体を引き摺り長崎へ向かったルイたち。
彼らを迎えるモモは半身が抉れていて、こうして喋れているのが不思議なぐらいだ。
「今直ぐ治療を……」
「無駄だよルイくん。君なら分かるだろう? これは単なる肉体の……損傷じゃない……」
魂に穴が開き生命力が失われているのだ。
今は無理矢理栓をして繋ぎ止めているだけ。
肉体を修復したところで遠からずその命は喪われる。
「さて……まずは、やるべきことを済ませようか……」
ごぼっ、と血を吐き出しながらモモが切り出す。
課長たちは何も言わない。その意思を尊重するがゆえだ。
「連中の親玉……は……桃乃井 千世なる女、だ……」
その実力は想定を遥かに上回っていた。
他の幹部だけなら余裕だったが頭目一人に全てを覆されてしまったという。
「まさかあんな化け物が在野に居るとはね……私たち五人がかりでも歯が立たない……」
万遍なく全方位に優れており、弱点らしい弱点は見受けられない。
残された戦力では普通にやり合えばまず勝てないとのこと。
「……だが、しっかり傷は残しておいた」
モモは語る。
隔絶した実力差を埋めて撤退まで持ち込めたのは四人の課長たちのお陰であると。
「彼らは自らを贄としたんだ」
異常戦力四人は自らを贄に捧げ呪詛と化した。
だからこそ核の付喪神誕生を阻止出来たし、千世に不可逆の傷を刻めた。
最早、全力は出せない。表面的な傷は癒えても七割ほど。
それに加えてこの戦場で討ち取られた幹部たちの存在もある。
「そっちも上手くやったんだろう? なら、組織としての弱体化は深刻だ」
こちらも課長五人を喪うがトータルで見れば傷は特対側の方が浅い。
二度目の決戦となれば勝率は上がる。
「……だが仕掛けるタイミングを見誤ってはいけない、かな?」
次の言葉をルイが引き継ぐ。
モモは少し目を丸くし、嬉しそうに笑った。
「はは、以心伝心だねえ……流石はバディだ……ああ、その通りだ」
深刻な弱体化を果たしてしまったのだ。
解放戦線はこれまで以上になりふり構わなくなる。
だが即座に動けば良いというわけでもない。
特対側も無傷ではないのだから。
「傷を癒しつつこれ以上時間を与えるのはまずいというラインを見極めて仕掛けるんだ」
「分かってる」
「結構……次は……うん、後任だな。以前、話した通り私の後釜はルイくん、君だ……」
実力も人格も申し分ない。
上が難色を示すかもしれないがそこは残る課長たちでフォローして欲しい。
モモがそう頼むと任せてくれと彼らはその願いを聞き届けた。
「あとやっておくべきは……ああそうだ。ルイくん、お嬢さんに謝罪を頼むよ」
「……謝罪?」
「気分の悪いことさせてしまって本当に申し訳ないと、そう伝えてくれ」
そこでルイは目を見開く。
モモが何をしようとしているのかに気付いたのだ。
「まさか」
「厄介ごとを押し付けるんだ……それぐらいは、しなきゃね?」
無理に長らえていたのは遺言を伝えるためではない。
それなら生存した部下に託せば良いのだから。
生きていたのは“自らを呪物と化す”準備を整えるためだ。
「呪物になれば亡骸も物として判定出来るかもしれない……だから、ハジメさんに……」
でも、だってとルイが顔を(演技で)歪める。
「そんなことをすれば」
この状態で力ある呪物になろうというのだ。
魂を完全に燃やし尽くすぐらいはしなければ到底、不可能。
魂の完全消滅はただ死ぬのとはワケが違う。
死は一つの終わりだが完全な終焉ではない。命は巡るのだ。
だが消滅はその輪の中にすら入れず完全な虚無に堕ちるということ。
「それでも良い」
モモがルイを手招きする。
今にも泣きそうなルイの顔に手を添え諭すようにモモは言う。
「何もこれは、公人としての責務を果たそうってだけの話じゃないんだよ」
私情もある……何なら、そっちの方が大きいかもしれない。
そう語るモモの顔を見れば大体のことは察せる。
(良いだろう。今は気分が良い。付き合ってやるさ)
今にも爆ぜそうな歓喜を押し殺しながらルイは話に耳を傾ける。
「あの日、君とお嬢さんを保護してから今日に至るまで……本当に色々あったね」
「……ああ。最初に出会った時は情けないところを見せてしまった」
感情のままに斬りかかってしまった。
少し冷静になればその意図を汲み取れたはずなのにと苦笑を浮かべる。
「何、あそこで怒れるのが君の美徳じゃないか」
「そうかな?」
「そうだとも。師弟関係が始まってからは厳しくもしたが君はその全てに応えてくれた」
「……少しは手を抜いても良かったんじゃないか?」
「君が優秀過ぎるのさ」
部下としても最高だった。
任せた仕事は全て百点満点。ただの一度も期待を裏切られたことはない。
「最初は見どころのある若者ぐらいだったのにね」
この若さで破格の能力ではあったがそれでも自分には及ばない。
それがどうだ?
何時の間にか直ぐ後ろに迫るほどまで成長を遂げていた。
「私がバディを組んでも申し分ないと思えるほどに、ね。本当に君は凄い奴だ」
楽しかったね、とモモは言う。
「仕事ではあったが君とあちこち旅をするのは殊の外、心が躍った。君は、どうだい?」
「……不謹慎だけど、楽しかったよ」
「そうか。それなら良かった」
そこで少し気まずそうに笑う。
「どうにも回りくどくなってしまうな。初めてのことだから私自身、羞恥があるようだ」
「……?」
「鈍感だね。だがそれも君らしさ、か」
ルイくん、と名を呼ぶ。
こちらを見つめるその瞳は潤んでいた。
「同じ時間を共有する内に、私はどうやら君に恋をしてしまったらしい」
「え」
「好きってことさ。出陣前にキスをしたのもまあ、そういうことだ」
だから、ね? とモモは微笑む。
「もしこの恋が成就しても私にはもう時間がないんだ。ならばせめて」
物という形でも傍に居たい。
「受け入れては、くれないかな?」
「……ずるい人だ。そんなこと言われたら断れないよ」
「フフ、大人だからね」
痛む身体を無理矢理動かしモモはそっとルイの唇にキスをした。
触れるだけの軽いもの。もう、言葉はなかった。
一度微笑むと彼女は儀式を発動しその魂を燃やし尽くし呪物と化した。
それは桃の花弁があしらわれた簡素な扇子だった。
「……ッッ!!」
ルイはその扇子を抱き締めるとその場に崩れ落ち体を震わせる。
年齢不相応に気丈な少年が見せる涙に大人たちは何も言えずに居た。
(ふ、フフ……ハハハ)
モモはここに来るまで幾つも罪を重ねて来たし“これからも”罪を重ねていく。
だが一番の罪は今、この瞬間だ。
(――――ハハハハハ!遂に、遂に手に入れた!! 課長の椅子!!!)
どうしようもない人間に権力を与える。これ以上の罪はなかろう。




