見学
「検品完了まで約二十分です」
案内役の研究員が事務的に告げた。
「それまでこちらでお待ちください」
「了解した」
ハウンドは納品書類に目を通すふりをしながら答える。
研究員が離れ、二人きりになった。
「二十分か。思ったより長いな」
「思ったより短い。情報収集、監視、撤退まで含めれば一瞬だ」
「はいはい」
レインは施設内へ視線を向けた。
研究員、警備員、技術者、搬送ドローン、端末、設備。
無数の情報が目に入る。
人間観察。
才能を発動する。
何かが見えるわけではない。
ただ、人の動きや癖が自然と頭の中で整理されていく。
歩幅、視線、呼吸、仕草、声色。
ほんの僅かな違和感までも。
(警備員は八人。巡回ルートは二つ。監視カメラは死角を潰す配置。警備は厳重)
そこまでは予想通りだった。
だが。
「ハウンド」
「なんだ」
「研究員の顔、見てみろ」
「見ている」
「どう思う?」
ハウンドは周囲を一瞥した。
「疲労」
「それだけか?」
「……いや」
ハウンドも違和感に気付いたらしい。
白衣、端末、早足、無駄のない動き。
一見すると優秀な研究者集団だ。
だが何かがおかしい。
「研究者ってのはな、自分の研究に自信を持ってるもんだ」
「……」
「世界を変える発明だと思ってたり、自分だけが理解できる理論だと思ってたり」
レインは一人の研究員を顎で示した。
「見ろ」
男性研究員が通り過ぎる。
姿勢は悪くない。歩幅も一定。
だが視線が落ちている。
「自信がない?」
「違う。自信を隠してるんじゃない」
レインは小さく息を吐いた。
「誇りを失ってる」
「……」
「自分の仕事に納得してない顔だ。それが一人や二人なら分かる。でも全員だ」
若い研究員。中年研究員。管理職らしい男。
誰もが同じ空気をまとっている。
後ろめたさ。
諦め。
恐怖。
「研究してる人間の顔じゃない。命令された作業をこなしてるだけの顔だ」
ハウンドも改めて周囲を見る。
「……確かに妙だ」
「しかも怯えてる」
「怯えている?」
「研究員同士で目を合わせない。警備員が近付くと会話が止まる。みんな周囲を気にしてる」
そして小さく呟く。
「ここでは研究より先に、何かを恐れてる」
その時だった。
バングルが小さく震える。
シードからの通信だった。
『お前ら。面白いもん見つけたで』
レインは自然な動作で端末を確認する。
『施設内ネットワークに"適性評価室"っちゅう部署がある。新素材開発とは全く関係あらへん』
ハウンドの眉が僅かに動いた。
『それとな。研究員の退職率。この半年で四十二パーセント』
「異常だな」
『せやろ? ほんで更におかしいのがな』
数秒の間。
『退職した連中の行き先が追えへん』
レインとハウンドの表情が変わる。
『転職履歴なし。移住記録なし。死亡届もなし』
嫌な沈黙が流れる。
『まるで最初から存在してへんかったみたいになっとる』
レインはゆっくりと顔を上げた。
施設の奥。
一般研究区画のさらに先。
黒い自動ドアが見える。
そこだけ警備員が二人立っていた。
新素材開発の研究施設。
そのはずなのに。
そこだけが異様に厳重だった。
「……あそこだな」
「十中八九」
その時。
若い研究員が二人の横を通り過ぎた。
だが、すれ違いざま。
ほんの一瞬だけ。
何かがレインの手の中に押し込まれた。
研究員は振り返らない。
足早にその場を去っていく。
レインは何事もなかったように拳を握る。
数秒後。
死角に入ったところで掌を開いた。
小さく折り畳まれた紙切れ。
開く。
震える文字で。
『見つかったら殺される』
そう書かれていた。




