選別
フロートモービルは旧市街の細い路地を進み、静かに停止した。
車外に出ると、街の空気がガラリと変わる。
高層ビルがそびえ立つ中心街とは異なり、ここはどこか時代遅れの雰囲気を残している。ネオンサインの点滅が薄暗い街並みに浮かび、酔いどれた人々が行き交う。
「……随分と"渋い"場所だな。」
レインが周囲を見渡しながら呟く。
「こういう場所の方が、"余計なことを知ってしまった人間"には都合がいい。」
ハウンドは淡々と答えながら、目の前のバーを指差した。
《TITAN'S HIDE》
古びたレンガ造りの店構え。店名は薄汚れた金属プレートに刻まれており、ネオンの光がちらついている。
「ライナー・ヴァイスは、ここに出入りしている。」
「客か、それとも店の関係者か?」
「常連客だ。バーのオーナーとも顔見知りだ。」
ハウンドは扉に手をかけた。
「慎重に行くぞ。」
「お前に慎重って単語が似合うとは思えないけどな。」
「……黙れ。」
レインの皮肉を流し、ハウンドは扉を押し開けた。
店内は、落ち着いたジャズが流れ、カウンターの奥では無表情なバーテンダーがグラスを磨いている。
常連らしき客たちが無造作に椅子に腰掛け、グラスを傾けている。
店の隅には、目的の男——ライナー・ヴァイスがいた。
42歳の技術者。彼はくすんだスーツを着たまま、カウンターで酒を煽っていた。
「……随分と荒れてるな。」
レインが小声で言う。
「情報を引き出すなら、飲ませるのが早いかもしれんな。」
ハウンドは無言でカウンターへ向かい、ライナーの隣に座る。
レインもその隣に腰掛け、軽く手を挙げてバーテンダーを呼ぶ。
「同じのを。」
バーテンダーは無言で頷き、琥珀色の液体を注いだ。
ライナーがちらりと二人を見て、目を細めた。
「……見ない顔だな。」
低くしゃがれた声。
「最近こっちに来たもんでな。話を聞きたい。」
レインはグラスを回しながら答える。
「俺に話すようなことは何もない。」
ライナーは不機嫌そうに言い、酒を煽る。
「そうか? ニシルの話なんだが。」
ピクリ、とライナーの指が止まる。
「……お前ら、何者だ?」
「ただの"興味がある奴"さ。」
レインがさらりと答えると、ライナーは苦い笑みを浮かべた。
「興味で首を突っ込むには、ニシルは危険すぎるぞ。」
「お前は首を突っ込んだから、こうなったんだろ?」
レインの言葉に、ライナーはしばし沈黙した。
「……お前ら、本気で調べるつもりか?」
「場合による。」
ハウンドが短く答える。
ライナーはため息をつき、手の中のグラスを揺らした。
「……"連中"のことを嗅ぎ回るなら、覚悟はしとけよ。」
「"連中"ってのは?」
ライナーは一瞬、周囲を警戒するように見回した後、小声で呟いた。
「……ニシルは、もうニシルじゃない。」
レインとハウンドが目を細める。
「どういう意味だ?」
「ニシルは、"実験場"になったんだよ。」
レインとハウンドは互いに目を合わせた。
「"実験場"?」
ライナーはグラスの中身を飲み干し、低く囁いた。
「"人間の価値"を試す場所さ。」
「……!」
レインの指が無意識に拳を握る。
ハウンドも表情を険しくした。
「アララトが……"人間を実験材料"にしているってのか?」
ライナーは何かを振り切るように笑い、もう一杯酒を頼んだ。
「俺はこれ以上は話せない。お前らが本気なら、自分で確かめるんだな。」
そう言って、ライナーはグラスを傾けた。
レインとハウンドは無言のまま、それを見つめていた。
(……"人間の価値"を試す実験場。ニシルの"異変"……。)
レインの中で、疑念が確信に変わりつつあった。
「……行くぞ。」
ハウンドが立ち上がる。
「自分で確かめるしかない。」
レインも立ち上がり、ライナーを一瞥した。
「……助言、感謝する。」
ライナーは何も答えず、ただ静かに酒を飲み続けた。
二人はバーを後にし、再びフロートモービルへと乗り込んだ。
「"人間の価値"を試す実験……か。」
レインはシートに身を沈め、窓の外のネオンを眺める。
「"選別"の強化、か。」
ハウンドが低く呟いた。
「……クソが。」
レインは静かに、拳を握り締めた。
そして、フロートモービルは再び静かに街を走り出した——。




