初仕事
ザイオンの部屋に入ると、いつものように薄暗い空間の中で紫煙が漂っていた。
彼は椅子に座り、煙草をくゆらせながらこちらを見ている。
「よぉ、もう来たか。仕事熱心だな。」
「その不釣りな机と椅子は変えたらどうなんだ...まあ別にいいが。」
レインは椅子を引き、ザイオンの向かいに腰を下ろした。
ハウンドも無言で立ったまま、腕を組みながら視線を向けている。
「で、何の話だ? 俺が何か悪さしたか?」
「違う。総理が変わった。」
ザイオンは煙を吐き出しながら、薄く笑った。
「知ってる。ニュースくらい見てる。」
「超合理主義の色が強い人だろう?」
「まぁな。元々才能社会の徹底を訴えていたし、公共データバンクの強化にも積極的だった。何より"効率"を最優先するタイプだ。」
ザイオンは腕を組み、慎重に言葉を選びながら続けた。
「……アララトとの癒着が懸念されている。すでに噂が出回ってる。」
ハウンドはその言葉に反応するように眉を上げた。
「馬鹿げている。」
「つまり、それは事実なのか?」
ザイオンはため息をつき、煙草を灰皿に押し付けた。
「正確には"事実になりつつある"ってとこだな。今のところ決定的な証拠はないが、アララトの影響力が急激に増しているのは間違いない。」
「具体的にどういうことだ?」
「簡単に言うと、"才能ランクの管理"をさらに厳格化しようとしている。」
「……才能ランクの管理?」
「公共データバンクの監視システムが強化され、才能ランクの低い者への支援が削減される方針が進んでいる。逆に、ランクの高い者はさらに優遇され、社会のリソースがそっちに集中する仕組みになりつつある。」
「……才能階級の固定化、か。」
レインが低く呟いた。その声にはわずかに棘が混じっている。
「それだけじゃない。アララトは"国家防衛の強化"を名目に、戦闘AIや治安維持部隊を増強しようとしている。だが、実際には"才能の適正を満たさない者を監視・排除するための装置"になりかねない。」
レインは静かに息を吐いた。
「才能のランクが低い者は、努力しても這い上がれない……そんな世界になるってことか。」
「そういうことだ。」
ザイオンは苦い笑みを浮かべる。
「今までは、一応"努力で才能を活かす"っていう幻想があったが、それすらなくなろうとしてる。」
「このままいけば……」
レインは言葉を切り、ハウンドに視線を向けた。
「"適正のない人間は生きる資格すらない"、そういう社会になる可能性がある。」
「何が悪い?」
ハウンドが腕を組んだまま、淡々と言い放つ。その目は冷たい。
「才能のない者が淘汰されるのは、当然の流れだ。そもそも、努力でどうにかなる世界ではない。」
「……お前、マジで言ってんのか?」
レインはハウンドを睨んだ。
だが、ハウンドはその視線に怯むことなく、むしろ苛立たしげに言葉を続ける。
「私はアララト出身だ。才能がある者は、より良い環境で育ち、その能力を活かして社会に貢献する。それの何が悪い?」
「"より良い環境"ってのは、"才能ランクが高いから"って理由で与えられるもんじゃねぇか。」
「当然だろう。社会を支えるのは、優秀な者たちだ。下らない感傷に流されるな。」
レインは拳を握りしめた。
「……その理屈で、"才能がない"って理由だけで、生きる道すら奪われる連中が出る。それでもお前は正しいと思うのか?」
「"才能がない者に与えるものはない"、それが現実だ。生きたければ、自分の価値を示すしかない。」
ハウンドの言葉には迷いがなかった。
それが、彼女が生きてきた世界の"常識"なのだろう。
ザイオンは二人のやり取りを見て、クスリと笑った。
「お前ら、いいコンビじゃねぇか。」
「……冗談言ってる場合か。」
「まぁまぁ、喧嘩するなよ。」
ザイオンは机の上のデバイスを叩き、端末のホログラムをこちらに向ける。
「アララトの動きが活発になったのは、ここ数週間の話だ。特に、"才能適正の再評価"に関するデータの改竄疑惑が浮上してる。」
レインは画面を覗き込んだ。
「データの改竄?」
「公共データバンクの解析記録に不自然な変更があった形跡がある。才能ランクの"基準値"がこっそりと調整されてるんだ。」
「……何のために?」
「低ランクの者をより低く、上位ランクの者をより優遇するためだろうな。」
レインは拳を握りしめた。
「つまり、アララトが"才能社会の格差を加速させる"仕組みを作っているってことか。」
「まぁ、そういうこった。」
ザイオンは煙草の箱を指先で弄びながら、わずかに目を細めた。
「お前らの任務は"調査"だ。アララトがどこまで手を伸ばしているのか、何を企んでいるのか、それを突き止めることになる。」
「……どこから探ればいい?」
ザイオンは端末を操作し、あるデータを転送した。
「この人物をマークしろ。アララトの"新戦略室"の責任者、"シグマ"って男だ。」
レインは送られたデータを開いた。
そこには一人の男の顔が映し出されていた——
「この男が、才能ランクの操作やデータ改竄のキーマンってことか?」
「そうだ。シグマはアララトの"選民思想"を最も強く推進している人物の一人だ。」
「つまり、今回の問題の核心に最も近いってわけか。」
「その通り。」
ザイオンは椅子の背に身を預け、指を鳴らした。
「お前たちの仕事は、シグマの動きを探ること。そして、その先に何があるのかを突き止めることだ。」
レインとハウンドは、互いに視線を交わした。
「調査はおこなってやる。"徹底的"にな、私が正しいと証明する。」
ハウンドは踵を返し、先に退出した。
「……行くか。」
レインが立ち上がる。
「動くなら早いほうがいいぞ。」
「だな。」
二人はザイオンの部屋を後にした。
(アララトの不審な動き……才能社会の歪み……そしてシグマ。)
レインは歩きながら、バングルをタップし、転送されたデータを確認する。
(ここからが本番だな……)




