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反省



「お前、またなんかやってただろ。」



鋭い声とともに、ハウンドがなんの了承もなしに部屋へ入ってきた。

相変わらずノックの概念はないらしい。


「……鍵くらいかけさせろよ。」


レインが溜息混じりに言うと、ハウンドは無視して部屋の中へと足を踏み入れる。

手にはトレーとカップが二つ。


「なんでもない、もう大丈夫だ。」


「話せ。」


「いや、」


「話せ。」


ハウンドはカップをテーブルに置くと、レインの前に立ち、腕を組んで鋭い目を向けてきた。

いつものぶっきらぼうな態度だが、その目には確かな"警戒"が滲んでいる。

レインは短く息を吐いた。


「……才能を試してた。」


「……で?」


「才能を試してみようと思ってな。」


「それで、何が起こった?」


レインはしばし言葉を選ぶように間を置く。

しかし、ここで誤魔化しても無駄だ。

ハウンドの"追跡"の才能は、些細な違和感すら見逃さない。


「——エリスを模倣した。」


ハウンドの眉がわずかに動く。


「……続けろ。」


レインは、あの瞬間に起こった出来事を淡々と話し始めた。

バングルを触り、才能を発動し、自分の中に"エリス"を再現しようとしたこと。

すると、突然"エリスの感情"が流れ込んできたこと。

まるで"もう一人の意識"が押し寄せてくるように——


「ダーリンダーリンダーリン大好き愛してるなんで私じゃないのなんで私を選んでくれなかったの私を選んで私の方がレイのこと好き私の才能の方が役に立つはずなんでなんでなんでなんでなんで——」


「……そこで意識が途切れた。」


レインは、胸の奥にまだ微かに残る違和感を噛み締めながら言った。


「気がついたらシオリに起こされてた。」


ハウンドは沈黙したまま、じっとレインを見つめていた。

いつものように怒鳴ることも、皮肉を投げることもない。


「……つまり、お前は"エリス"の思考をそのまま自分に取り込んだ、というわけか。」


「ああ。」


「……バカか?」


ハウンドが短く吐き捨てる。


「……否定はしない。」


「何の考えもなしに、そんなことをやるな。」


ハウンドはゆっくりとカップを手に取り、冷めかけたコーヒーを一口飲む。


「お前の才能、危険すぎる。」


「……俺もそう思う。」


「模倣できるのは動作だけじゃない。"思考"まで取り込むってことは、お前の"意識"が書き換えられる可能性があるってことだ。」


レインは黙って、ハウンドの言葉を聞く。


「……お前はそれを理解しているのか?」


「……理解した。今の件で、な。」


「"今の件"で、じゃない。」


ハウンドはカップを置き、レインを睨みつける。


「次は"お前自身"が戻ってこられない可能性もあるんだぞ。」


レインは唇を噛んだ。


「……」


「その才能、"人間観察"なんて生易しいもんじゃない。"自己観察"にすらなり得る。最悪、自分すら模倣し続けて、"本物"がどれか分からなくなる。」


「……俺の"オリジナル"が消える、ってことか?」


「可能性の話だがな。」


ハウンドは静かに腕を組んだ。


「お前の才能は、"人間を観察する"ことじゃない。"人間を取り込む"才能なんじゃないのか?」


レインは息を飲んだ。


(……取り込む……?)


「他人を"コピー"する才能が、どこまでいったら"コピー"でなくなるのか。」


「……」


「お前は、その境界線を知る必要がある。」


ハウンドの言葉が、妙に重く響いた。

レインはしばらく言葉を発せず、カップの中のコーヒーを見つめた。


「……」


「ゆっくり飲め。」


ハウンドが視線を逸らしながら言う。


「考えるのは、その後でも遅くはない。」


レインは苦笑しながら、静かにカップを持ち上げた。


「……砂糖は入れてくれたんだな。」


「探すのが面倒でな。」


ハウンドはそっぽを向きながら、肩をすくめた。




「レインさん、起きてください。ハウンドさんがあと30分で来られます。」




穏やかで落ち着いた声が、スピーカーから流れる。

レインは微かに唸りながら、布団の中で目を開けた。


(……もう朝か。)


昨夜の出来事を思い出しながら、体を起こす。

頭はまだ重いが、昨日のような精神の揺らぎはなかった。


「カップをお持ちください。食堂で朝食を用意しています。」


「……了解。」


レインは、昨夜ハウンドと話しながら飲んでいたコーヒーカップを手に取り、部屋を出た。


食堂へ降りると、すでにオリーブが朝食の準備をしていた。

食堂には、美味しそうな朝食の匂いが立ち込めている。


「おはようございます、レインさん。」


「おはよう。」


カウンターにカップを置くと、オリーブはそれを静かに受け取り、カップと交換するようにレインの前に朝食を並べた。


「今日の朝食はパン、チーズ、スクランブルエッグ、スープ。それと、コーヒーにはミルクを入れておきました。」


「助かる。」


昨日のコーヒーを思い出しながら、カップを持ち上げ、一口。

ミルクのまろやかさが加わっていて、飲みやすい。


「……うん、これならいける。」


「それはよかったです。」


オリーブは静かに微笑む。


「昨日はお疲れのようでしたが、もう大丈夫ですか?」


レインはスプーンでスクランブルエッグをすくいながら、小さく息を吐いた。


「……まぁ、なんとか。」


「ならよかったです。」


オリーブはそう言うと、少し考えるように沈黙した後、ゆっくりと口を開いた。


「レインさん。」


「ん?」


「あなたは、自分の才能について、どう思いますか?」


レインは思わず手を止める。

オリーブの問いは、単なる雑談ではなかった。

"昨夜のこと"を知っているわけでだ……


「……なんでそんなことを聞く?」


「ハウンドさんの才能は明確です。追跡とカンフー、どちらも"はっきりとした力"ですよね。」


「……まぁな。」


「ですが、あなたの才能は、少し"異質"に感じます。」


レインはカップを回しながら、少し考え込む。


「……俺も、最近そう思い始めたところだ。」


「そうですか。」


オリーブは、それ以上は何も言わず、穏やかな笑みを浮かべた。


(……こっちの世界の人間は、俺の才能にどこか"違和感"を持つらしい。)


考えながら、残りのコーヒーを飲み干した。


食事を終えて、カップを戻そうと立ち上がる。

すると、背後から重い足音が響いた。


「遅い。」


レインが振り向くと、いつものように腕を組んだハウンドが立っていた。


「……時間ピッタリじゃないのか?」


「食後すぐに動けるようになっていない時点で遅い。」


「お前、それは理不尽ってもんだろ。」


「当たり前のことだ。」


ハウンドはレインの横に立ち、じろりと見下ろすように睨む。


「今日から実戦だ。ザイオンのところに向かうぞ。」


「……ザイオン?」


「私たちに最初の"仕事"を渡すらしい。」


レインは息を吐きながら、カップを置く。


(……ついに、本格的に動く時が来たか。)


「わかった。行こう。」


ハウンドは無言で踵を返し、食堂の外へと向かう。

レインもそれに続きながら、ふと振り返ると、オリーブが優しく微笑んでいた。


「お気をつけて。」


「……ああ。」


レインは小さく頷き、ハウンドの後を追った。


(さて、何が待っているやら……)




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