我流
「考えるな、感じろ。」
ハウンドの冷静な声が響く。
「お前は動きに迷いがある。だから遅いんだ。考えずに動け。」
「……いや、それじゃ何も変わらねぇだろ。」
レインは息を荒げながら立ち上がった。
何度も投げられ、打ちのめされている。
ハウンドはいつも通り軽く構えながら言う。
「とにかくやれ。動けば覚える。」
「お前な……才能があるやつの理屈で語るな。」
ハウンドの眉がわずかに動く。
「才能があるやつは、それでいいんだろうな。でも、才能がないやつは、ただやるだけじゃ身につかない。考え続けなきゃ、近づくことすらできないんだよ。」
拳を握る。
(このままでは埒が明かないな……)
ハウンドの動きは洗練されている。
だが、それは"考えて"やっているわけじゃない。
"体が覚えている"動きだ。
対して、俺は"意識して"動こうとしている。
そこに決定的なズレがある。
「じゃあ、どうする?」
レインはハウンドを睨む。
(……俺は"人間観察"の才能を持っている。)
(なら、ハウンドを観察し続けることで、このズレを埋めることはできないか?)
バングルをタップする。
「シオリ、ハウンドのモーションデータを解析しろ。」
「了解!」
シオリが答えると、視界にハウンドの動きのデータが浮かび上がる。
(……今までの俺は、"単発の動き"をコピーしようとしていた。)
だが、それは根本的に違う。
ハウンドの動きには"終わり"がない。
一つの攻撃が、次の動作にスムーズに繋がっている。
(……そうか、"流れ"か。)
だが、流れに乗るだけでは駄目だ。
それは"考えずに動ける"天才だけが使える技術。
俺にはできない。
(じゃあ、どうする?)
——考える時間を短縮する。
ハウンドは、相手の動きを"見て"から即座に対応できる。
でも、俺にはそれができない。
だから"見てから"動いている限り、俺の動きは後手に回る。
(なら、"先の先"で動くしかない。)
ハウンドが拳を握るのを見た瞬間、攻撃の方向と重心移動を予測する。
次に来るのは、上段か中段か?
その選択肢を事前に用意し、"攻撃が始まった時点で"カウンターを決定しておく。
("見てから"では遅い。"動き出し"の段階で、すでに俺の次の行動は決まっている。)
「……ハウンド、もう一度やらせろ。」
ハウンドが眉をひそめる。
「今度こそ、考えずに動けるのか?」
「いや、"考えたまま"動く。」
ハウンドは微かに唇を歪めた。
「……言うじゃないか。よし、来い。」
——シュッ。
ハウンドの動きが始まる。
拳を繰り出し、回避し、足払い、蹴り——すべてが"流動的"だ。
レインは、それを"線"として捉える。
(パズルじゃない。"流れ"を掴め。)
今までのような"ぎこちなさ"がない。
動きが"自然に"繋がる感覚がある。
ハウンドのフェイントを見切り、重心移動を計算し、次の攻撃に対処する。
("止まらない"……!)
——寸前で拳が止まる。
ハウンドがわずかに目を見開いた。
「……今の再現率は?」
レインが問いかける。
「……70%くらい!」
シオリの声が、弾んでいる。
レインは息を吐き、拳を握った。
("流れ"を掴んだ。ここからだ。)
ハウンドは短く息を吐き、腕を組む。
「……ようやく、まともになったな。」
レインは苦笑しながら、ゆっくりと拳を解いた。
「次は……100%を目指す。」
「勝手にしろ。」
ハウンドは肩をすくめ、背を向けた。
しかし、その口元には、僅かに"満足げな笑み"が浮かんでいた。
レインは拳を解き、大きく息を吐いた。
全身が汗で湿っている。
「……この辺でいいだろう。」
ハウンドが腕を組みながら、冷静に言った。
口調はいつも通りだったが、どこか納得したような雰囲気がある。
「思ったより早く"形"にはなったな。」
「そりゃどうも。」
レインは軽く肩をすくめた。
「ただし——」
ハウンドが鋭い視線を向ける。
「まだ"本物"には程遠い。再現率が高くても、それは"模倣"にすぎない。」
レインは黙って、その言葉を受け止めた。
「だが、お前なりに考え、掴んだのは悪くない。……今日はここまでだ。」
そう言ってハウンドは踵を返す。
「さっさと休め。次は"実戦"をやる。」
「……マジかよ。」
「当然だ。」
ハウンドはレインを一瞥し、不敵に微笑んだ。
「お前の才能がどこまで通用するか、試してやる。」
「やれやれ……休む暇もなさそうだな。」
レインは苦笑しながら、額の汗を拭った。
それでも——
("流れ"は掴んだ。次は、それを"俺のもの"にするだけだ。)
遠くで、陽が傾き始めていた。




