空想
レインは寮の入口に足を踏み入れた途端、疲労がどっと押し寄せてくるのを感じた。
汗は乾き、服が肌に張りついて気持ち悪い。
(……風呂に入って寝たい。)
そんなことを考えながら食堂へ向かうと、すでにオリーブがカウンターの向こうで待っていた。
「お帰りなさい、レインさん。」
相変わらず落ち着いた笑顔を浮かべている。
何も言わずとも、冷えたタオルを差し出してきた。
「気が利くな……ありがとう。」
受け取ったタオルで顔を拭きながら、椅子に腰を下ろす。
ふぅ、と一息ついたその瞬間——
「はい、どうぞ。」
カウンターの上に"それ"が置かれた。
透明なシェイカーに入った、淡いベージュ色の液体。
「……何だこれ。」
「プロテインです。」
「いや、それは分かるけど。」
レインはシェイカーを手に取り、軽く振ってみる。
とろりとした液体が、容器の内側に沿って流れる。
「一気に飲んでください。」
「……」
オリーブの静かな笑顔が、妙に圧を感じさせた。
(こいつ……意外と押しが強いんだよな。)
レインは観念し、蓋を開けて一気に流し込んだ。
喉を通る瞬間、若干の粉っぽさを感じたが、思ったより飲みやすい。
「……意外といけるな。」
「よかったです。しっかり栄養を摂らないと、疲れが残りますから。」
「……それもそうだな。」
レインは空のシェイカーをカウンターに置き、立ち上がる。
「じゃあ、部屋に戻るよ。」
「お疲れ様でした。明日も頑張ってくださいね。」
レインは部屋へ戻った。
部屋の扉を閉め、ベッドに腰掛ける。
「さて……やるか。」
バングルを起動し、ホログラムディスプレイを展開。
まずは今日の訓練の動きをリプレイする。
(……自分の動きの何が悪かった?)
映像を見返しながら、動きの細部を観察する。
肩の使い方、踏み込みの角度、体重移動のタイミング——
ハウンドの動きと比較しながら、ズレを修正するポイントを探る。
(やはり"流動性"の差が大きいな。)
自分はまだ動作の繋がりが途切れがちだ。
それに対してハウンドは、一連の動きがまるで"生き物"のように滑らかに繋がっている。
どこかで溜めたり、余計なブレーキがかかっていると、そこで"間"が生まれてしまう。
(……ハウンドの動きを再現するには、まず"彼女の思考"を知る必要がある。)
レインは目を閉じ、脳内でイメージを膨らませる。
——ハウンドの"空想アバター"の構築。
彼女の動き、戦い方、口調、思考パターンを模倣し、"脳内の対戦相手"として形成する。
("私を観察する暇があったら、手を動かせ。"
"考えているうちはまだ半人前だ。"
"体で覚えろ。いや、体を"作り替えろ"。")
イメージの中のハウンドは、本人と変わらぬ口調で言葉を投げかける。
「……これでいい。」
レインは軽く息を整え、"脳内組手"を開始した。
ハウンドと戦う。
その動きを追い、カウンターを狙い、避け、打ち込む。
何度もシミュレーションを繰り返し、自分の動きがどこまで再現できるか試していく。
(流れに乗る……流れに乗る……)
脳内で、イメージのハウンドが鮮明になっていく。
まるで実際に戦っているような感覚——
(……これなら、いける。)
小さく笑みを浮かべながら、レインは組手を続けた。




