兄貴
「ご馳走様でした。」
レインは食器を軽く拭い、そっとカウンターに戻した。
「俺、部屋に行きます。」
オリーブは静かに頷き、淡々とした口調で説明する。
「ここを出て右に曲がったところにエレベーターがあります。それに乗って4階へ。降りたら右へ進んでください。」
「ありがとうございます。」
レインは一拍置いて、もう一言付け加えた。
「……ほんとに美味しかったです。」
オリーブの手がふと止まる。
「そう言ってもらえて、嬉しいです。」
彼女の表情がわずかに和らいだ。
控えめだが、どこか温かみのある微笑みだった。
「いつでも来ていいですよ。」
「……また来ます。」
短く返し、レインは振り返る。
淡い光が灯る食堂を後にし、静かに自分の部屋へと向かった。
レインは言われた通りに進み、"404号室"と表示された扉の前で立ち止まった。
バングルをかざすと、軽い電子音とともに扉が開く。
中に足を踏み入れると、シンプルな室内が目に入った。
ベッド、机、椅子、小さめの冷蔵庫。
生活に最低限必要なものは揃っているが、装飾らしいものは一切ない。
狭いとは言えないが、決して広くもない。
ただ、無機質な空間にしては意外にも清潔感があった。
ふと視線を上げると、天井近くの壁にスピーカーが取り付けられているのが目に入る。
(監視か、それとも連絡用か……)
少し考えたが、疲労感が勝った。
扉を閉め、深く息を吐きながらレインは部屋の中央に立つ。
たった二日間で、自分の世界は大きく変わった。
扉を閉め、深く息を吐きながらレインは部屋の中央に立つ。
たった二日間で、自分の世界は大きく変わった。
(まずは状況の整理だ……)
レインはバングルに視線を落とし、ゆっくりと口を開く。
「シオリ。」
その瞬間、バングルが微かに光を放つ。
『待ってました!!』
ホログラムのシオリが勢いよく現れ、満面の笑みを浮かべる。
『レイ、ようやく落ち着いて話せるね! いっぱい聞きたいことがあるんだよね? じゃあ何から話す?』
シオリの目は期待に輝いていた。
「お兄ちゃんってなんだ?」
レインがシオリを見つめながら問いかけると、彼女は少しむくれたように頬を膨らませた。
『そんなの、レイの見た目が完全にお兄ちゃんなんだよ!』
勢いよく言い放つシオリ。その表情には驚きと戸惑いが入り混じっている。
『ただでさえ、家に帰ってこずに働き詰めてたのに……』
彼女の声が、少しだけ震える。
『入学する3ヶ月前には、家に帰って来なくなっちゃって……すごく心配してたの。』
シオリの瞳がわずかに揺れ、ホログラム越しにも分かるほど切なげな表情を浮かべた。
「……本物の兄貴は、どこに行ったんだ。」
レインがそう呟くと、シオリのホログラムは一瞬、言葉を失ったように沈黙した。
『……分からないよ。』
かすかに震える声。
『でも、いなくなる前の日に、すごく疲れた顔で帰ってきて……何か言いたそうだったのに、結局何も言わなかったの。』
シオリは目を伏せ、記憶を手繰るように続ける。
『それから翌日、普通に仕事に行ったと思ったら、もう帰ってこなかった。』
「手がかりは何もないのか?」
『……ううん。』
シオリは、ぎゅっと手を握る仕草をする。
『お兄ちゃんの部屋はそのままだし、私物も全部残ってた。でも、職場では"転勤した"ってことになってたの。』
「転勤……?」
『家にも何の連絡もなかったのに……突然、"そういうことになった"って。』
「そんなことがあり得るのか?」
『……分からない。でも、なんだかすごく不自然で……怖くて……でも誰も、"おかしい"って言わなかった。』
レインは眉をひそめた。
(転勤……? "そういうことになった"……?)
奇妙な既視感を覚える。
(これは……俺が"昨日"経験したことと、似ている……?)
沈黙が落ちる。
シオリは不安げにレインを見つめた。
『……ねえ、レイ。』
「……なんだ?」
『お兄ちゃんは……まだ、どこかにいるのかな?』
レインはシオリの揺れる瞳を見つめながら、ゆっくりと息を吐いた。
「……俺たちも、こんな状況だ。」
静かに言葉を選ぶ。
「だから、気軽に"大丈夫だ"とは言えない。」
シオリの不安を完全に拭えるような言葉が、見つからなかった。
「でも……お前の兄貴が、ただ消えたわけじゃないのなら、まだどこかで生きてるはずだ。」
そう言っても、それはただの希望的観測に過ぎない。
(本当にそうなのか……?)
どこかで生きているのか、それとも……すでに——。
いや、考えるのはやめよう。
レインは自分の中の不安を抑え込むように、シオリを見つめた。
「……信じよう。」
「……うん。」
シオリは小さく頷いたが、完全に納得したわけではなさそうだった。
当然だ。
結局、レインが言えたのは"気休め"に過ぎないのだから。
私ひとりっ子だからさーお兄ちゃんってなんか憧れあるんだよね〜。絶対こき使っちゃうけど笑
レイがお兄ちゃんで、もし彼女が出来たら何するかわかんないかも♡
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