小粥
「着いたで。」
フロートモービルが静かに停車し、シードが車内から外を指した。
「ここが宿舎や。」
レインが車を降り、目の前の建物を見上げる。
宿舎と呼ばれたその施設は、外観だけ見ればまるで企業の研究施設のようだった。
無機質なコンクリートの壁に、余計な装飾は一切ない。
窓は最小限に抑えられ、セキュリティ対策のためか監視カメラが至る所に設置されている。
入り口には"許可証を提示せよ"と書かれた電子パネルがあり、まるで刑務所のような閉鎖的な雰囲気を醸し出していた。
(……ここが、俺の"家"になるのか。)
「2日も寝込んでたんやし、お腹すいてるやろ?」
シードがニヤリと笑いながらレインの肩を軽く叩く。
言われてみれば――
意識した途端、空腹が押し寄せてきた。
「……そう、みたいだな。」
「ほな、ちょっとしたもん作ってもらおか。」
シードは気軽な足取りで宿舎のドアを開け、中へと入っていく。
レインもそれに続いた。
宿舎内部
内部は外観とは異なり、少し暖かみのあるデザインになっていた。
白とグレーを基調としたシンプルな造りで、床は防音仕様の柔らかいカーペットが敷かれている。
廊下には最低限の装飾品があり、奥へ進むと共同ラウンジらしき広い空間が広がっていた。
そこにはカウンターキッチンがあり、一人の女性が静かに作業をしていた。
「オリーブ、こいつ新入りのレインちゅうんやけど、2日何も食べてなくて死にそうなんやて。なんか作ってくれへん?」
シードが軽い調子で話しかけると、女性は手を止め、静かに振り返った。
オリーブと呼ばれた彼女は、落ち着いた雰囲気を纏う人物だった。
滑らかに整えられた黒髪を後ろでシンプルに結び、深いグリーンのエプロンを身に着けている。
その瞳は澄んだ琥珀色をしており、表情は柔らかくもどこか凛とした印象を受ける。
年齢は二十代半ばほどだろうか。
「よろしいですよ。レインさん、こちらへ。」
彼女は優雅な所作で手を差し出し、カウンターの席へと案内する。
「何かリクエストはありますか?」
「……カレーが食べたい。」
レインが少し迷いながら答えると、オリーブは微笑を浮かべた。
「わかりました。しかし、その状態でカレーを食べるのは体に良くないので、カレー風味のお粥にします。少々お待ちください。」
オリーブがお粥を作り始めると、シードがカウンターにもたれかかりながら、レインに声をかけた。
「ほな、俺はもう行くで。」
「……他に用事が?」
「せや。俺の仕事は"新人の案内"までやしな。」
そう言いながら、シードは指を軽く弾いた。
すると、レインのバングルに小さな電子メモが転送される。
「お前の部屋は404号室や。開け方はバングルをかざせばええ。」
レインはバングルの画面に表示された文字を確認する。
「……了解した。」
「じゃ、俺はこのへんで。ほな、頑張りや。」
「シード、ここまでありがとう。」
シードは一瞬驚いたように目を瞬かせ、次の瞬間、照れくさそうに笑った。
「はは、恥ずかしいわ〜。気にせんといて。」
ひらひらと手を振ると、そのまま軽い足取りで立ち去っていった。
彼の姿が完全に見えなくなったあと、レインはふと手元のバングルに目を落とした。
"404号室"の文字が、どこか無機質な光を放っている。
(……ようやく、俺の"居場所"ができたってことか。)
そう思いながら、レインはゆっくりと肩の力を抜いた。
シードを見送ったあと、調理をしているオリーブを眺める。
その動きは一切の無駄がなく、まるで芸術作品を作るかのように洗練されていた。
包丁さばき、鍋の扱い、調味料の計量――どれも正確無比で、見惚れるほどの流麗さがあった。
「……そんなに見ても、何もありませんよ。」
オリーブがくすりと笑いながら言う。
「毒は入れないので、ご安心ください。」
「……いや、別に疑ってるわけじゃない。」
レインが視線を逸らすと、目の前に皿が置かれた。
「どうぞ。カレー風味のミルク粥です。」
目の前に差し出されたのは、ほんのりとスパイスの香りが漂うクリーミーな一皿だった。
スプーンを手に取ると、湯気の向こうに温かみのある味が待っている気がした。
レインはスプーンを手に取り、ゆっくりとカレー風味のミルク粥を口に運んだ。
――思っていたよりも、ずっと優しい味だった。
スパイスの香りはふんわりと香る程度で、決して刺激が強すぎない。
ミルクのまろやかさが絶妙に溶け込み、口当たりはとても滑らかだ。
だが、その奥にはしっかりとした旨味があり、スープの一滴一滴が体に染み渡るようだった。
(……これは、予想以上に美味いな。)
体の奥からじんわりと温まる感覚が広がっていく。
空腹だったこともあるが、それ以上にこの料理が"丁寧に作られている"ことがわかる。
優しさと温もりのこもった味。
レインは一口、また一口と静かにスプーンを運んだ。
そして、素直に言葉を口にする。
「……美味しいです。」
オリーブが小さく目を見開く。
「……良かったです。」
彼女の表情が、ふわりと崩れた。
それはとても柔らかく、優しい笑顔だった。
レインは無意識に、もう一口スプーンを口へ運ぶ。
温かさが、心の奥にまで染み渡る気がした。
あ、あ、胃袋掴まれるのはマズい...!禁止カードだろ!!
私だって手料理食べてもらいたいんだけど!!ダーリン、あーん♡とかやりたいんだけど!?
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