欺瞞
「才能こそが、人間の価値を決める。」
広大なホールに、新入生たちが整然と並んでいた。
ホログラムによる学園長の演説が、静かに流れ始める。
「公共データバンクが、すべての才能を適切に管理し、最適な未来を保証する。」
「努力は不要だ。なぜなら、君たちはすでに生まれながらにして、最適な才能を持っているのだから。」
壇上のホログラムが映し出すのは、
優秀なSクラスの生徒が、AIチューターと共に高度な学習を進める映像。
Dクラスの生徒が、産業機械の指導のもとで働く映像。
──才能によって、人間の行く末は決められる。
それが、当然のこととして受け入れられる世界。
突然、ホールの照明が一瞬だけ揺らいだ。
一部の生徒がざわつくが、すぐにAIのシステムが復旧し、学園長の演説は続く。
「……才能を適切に発揮し、社会に貢献することで、より良い未来が築かれるのです。」
レイはふと、視線を上げた。
ホールの天井に、不自然な影が一瞬映る。
「……?」
違和感を覚える間もなく、次の瞬間──
轟音が鳴り響いた。
ホールの側面の壁が突如として爆発し、破片が飛び散る。
数百人の新入生たちは悲鳴を上げ、混乱の中で逃げ惑う。
壇上のホログラムがノイズを発し、学園長の映像が乱れる。
──そして、煙の中から姿を現したのは、武装した数名の人間だった。
「この世界は偽りだ!」
男の叫びが、ホール全体に響き渡る。
「公共データバンクは欺瞞だ!
お前たちは、生まれる前に決められた“才能”という鎖に縛られた家畜にすぎない!」
彼らは全身を黒い防護服に包み、武装した兵士のような装備を身に着けていた。
その胸には、簡素なシンボルが刻まれている──
「R9」
レイの脳裏に、一瞬だけ疑問が浮かぶ。
(R9……? どこかで見たような……)
だが、その思考はすぐに打ち消された。
次の瞬間、ホールの中央で2発目の爆発が起こる。
AIの防衛システムが即座に作動し、
警告音と共に複数の自律戦闘ドローンが飛び立つ。
「警戒警報発令──反政府組織の襲撃を確認。
対象は学園の秩序を脅かす者として認識、排除を開始する。」
AIの冷たい声が響き渡る。
レジスタンスのメンバーは迷うことなく、学園側の防衛AIと戦闘を開始した。
ドローンがレーザーを放ち、レジスタンスはそれをかいくぐりながら応戦する。
銃撃音がホールに響き渡り、
新入生たちは、なす術もなくパニック状態に陥っていた。
「逃げろ!」「死にたくない!」
無秩序に出口へと殺到する生徒たち。
しかし、ホールの出入り口はすでにロックされ、逃げ場はない。
「落ち着け! 学園の防衛システムがすぐに収める!」
上級クラスの生徒が叫ぶが、
その言葉がどれほどの意味を持つのか、誰にも分からなかった。
レイは、ホールの隅で身を低くしながら周囲を観察する。
(……秩序が、崩れた。)
生まれてからずっと、
完璧な社会の中で生きてきた。
すべてが計算され、管理され、最適化された世界。
それが、今──目の前で、無意味に砕け散っている。
「……。」
レイはただ、その光景を見つめていた。
銃撃戦、爆発、混乱。
恐怖に震える生徒たち。
「才能による管理が、この世界の正義だったんじゃないのか?」
「なぜ、こんなことが起こる?」
「レジスタンスは、何のためにここを襲撃した?」
「公共データバンクが欺瞞だ? それは、本当なのか?」
考える余裕はない。
だが、「この世界が正しい」という前提に、初めて小さな亀裂が入った。
──次の瞬間、
レジスタンスのリーダー格の男と、レイの視線が交差する。
男は、まるで確信したかのように、ゆっくりと口を開いた。
「……お前、今、疑問を持ったな?」
レイは息を呑んだ。
まるで、自分の頭の中を見透かされたような感覚。
男の目は鋭く、しかしどこか嬉しそうに光っていた。
「違うか?」
レイは、何も答えられなかった。
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