競走
位置関係的に、エリスの方がシオリに近い。
だが、レイも負けるつもりはなかった。
(……間に合うはずだ!)
ほぼ同時に、レイとエリスは駆け出した。
だが――
(クソッ!! 引き離される!?)
エリスの足が速い。
明らかに、"本気"を出している。
今までのふざけた態度とは違う、
その動きは、圧倒的に速かった。
「なん、でだ!?」
エリスは振り向かず、
軽やかに笑った。
「はっはー! 能ある鷹は爪を隠すんだよ!! 作戦勝ちだね! ダーリン♡」
レイの表情が強張る。
(やっぱり……こいつ、最初から手を抜いていた。)
エリスの速度は、最初から"調整"されていたのだ。
レイが"ギリギリ逃げられる程度"に。
レイが"ギリギリ追いかけられる程度"に。
すべては、彼女の掌の上だった。
(……まずい。)
このままでは、"何もできない"。
俺は、ただ"見ているだけ"になってしまう――
エリスの手が、何かを掴む。
(……ナイフ!?)
「シオリ!!」
レイは叫ぶ。
だが――
レイは、その場で見ているしかなかった。
エリスが、
"どこから抜いたのか分からないナイフ"を握り、
シオリへと迫る。
その瞬間――
「私の趣味は……"人間観察"です!!」
あまりにこの場にそぐわない自己紹介が響き渡った。
レイもエリスも、思わず動きを止める。
(……は?)
次の瞬間――
シオリはエリスをぶん投げた。
そう、ぶん投げた。
エリスの身体が宙を舞い――
地面に叩きつけられる。
「ごふっ!!?!?」
エリスの口から、明らかに予想外だったという声が漏れる。
レイも、目の前の光景が理解できず、思考が止まる。
(……な、何が起こった?)
(エリスが……投げられた?)
喜びよりも、驚きの方が強くて、飲み込めない。
「シオリ!!」
反射的に名前を呼ぶ。
すると、シオリは冷静な口調で答えた。
「聞こえてますよ、うるさいです……。」
レイは息をのむ。
(……まじか。)
さっきまでの怯えた態度が嘘のように、
シオリは"冷静だった"。
レイは、一瞬だけ狼狽しながらも、すぐに謝る。
「ご、ごめん……。」
だが、シオリは静かに首を振った。
「いえ、私の方こそごめんなさい。」
レイが息を呑む中、
シオリはゆっくりと続ける。
「私、嘘をつきました。」
「昨日のテロのこと、覚えています。」
レイの瞳が揺れる。
(……やっぱり。)
シオリは、小さく息をつくと、
自分の手をぎゅっと握りしめた。
「でも、怖かったんです。」
声が少し震えた。
「周りの人は"何も知らない"って言うし、調べても何も出てこないし、意味が分かりませんでした。」
(……そうだろうな。)
レイも、あの時感じた。
情報が、"なかったこと"にされている異様な空気。
シオリは、そんな世界に怯え、
"沈黙"を選んだ。
「だから、言おうか迷って……言えませんでした。」
レイは、黙ってシオリを見つめる。
シオリの拳が、小さく震えていた。
「でも……その後に……。」
シオリは、レイをまっすぐ見た。
「レイになら、言ってもよかったなって思ったんです。」
レイの心臓が、わずかに跳ねる。
「だから……ホームルームの後、探し回ったんです。」
「でも、見つからなくて……。」
(……俺が、エリスと一緒にいたせいか。)
「だから、2人で話してたところで座ってたんです。」
「もしかしたら、来るんじゃないかって……。」
(……それで、あそこにいたのか。)
レイが叫んだ時、
シオリが"そこにいた"のは――
(俺を、待っていたから。)
シオリは、どこか申し訳なさそうに笑った。
「そしたら……声が聞こえて……。」
「ごめんなさい。わけも分からず……投げ飛ばしちゃいました。」
レイは、一瞬だけ呆気に取られたが――
次の瞬間、思わず笑ってしまった。




