壁
「シオリ……昨日のこと、覚えてるか?」
レイがそう尋ねると、シオリの体がピクリと強ばった。
それまでリラックスしていた雰囲気が、さっと消える。
まるで、話し始める前の怯えた彼女に戻ったようだった。
「昨日は……入学式を受けて、レクリエーションでした……。」
レイは顔に出さないよう努めたが、驚きを隠せなかった。
(あてが外れたか……?)
彼女も"改変された記憶"を持っているのか。
それとも――
レイは表情を変えず、話題を切り替えた。
「その怪我はどうしたんだ?」
シオリは一瞬、驚いたようにレイを見たが、すぐに視線を伏せた。
「……私、どんくさくて……レクリエーションで校内を回っている時に階段から落ちたんです。」
「それで、腕の骨にヒビが入っちゃって……固定してるんです。でも、手は動くから普通にご飯も食べられるし、問題ないんです。」
そう言うと、ギプスをした手をぐーぱーと開閉してみせる。
「そっか、それは災難だったな。」
レイは努めて自然に言ったが、考えは別のところにあった。
(嘘か? いや、それとも――"そういう記憶"に書き換えられたのか?)
すると、シオリがレイをじっと見つめ、ぽつりと尋ねた。
「レイくんは何してたんですか? 昨日……」
(……どうする?)
ここで真実を話せば、シオリを巻き込むことになるかもしれない。
それだけは避けなければならない。
レイの脳裏に、昨日の出来事がフラッシュバックする。
レジスタンスの襲撃、特殊部隊の介入、逃げ惑う生徒たち……
しかし、シオリの瞳は純粋に"普通の答え"を求めているようだった。
レイは一瞬の沈黙の後、口を開いた。
「……昨日は、レクリエーションで友達と校内を探検して、屋上に行きたかったんだけど、鍵がかかってて行けなかったんだ。」
シオリに嘘をついた。
(……忘れていたが、俺は監視されている。)
ここで"本当のこと"を話せば、シオリに何かあるかもしれない。
彼女が巻き込まれたら――それこそ、申し訳が立たない。
(それに……)
同じ趣味を持った友達ができた。それだけでいいじゃないか。
シオリは、レイの話を聞くと、突然プッと吹き出した。
「ぷっ、なんですかそれ、青春ラブコメものですか? 恥ずかしいやつですね。」
レイは眉をひそめる。
「さすがに酷くないかぁ?」
「ふふ、ごめんなさい。でも、屋上って……なんか、そういう感じがするじゃないですか。」
レイは肩をすくめると、苦笑いしながら首を振った。
その後、しばらく話し込んでから、二人は別れた。
レイは、ゆっくりと廊下を歩きながら、ふと考えた。
(……俺から声をかけて、初めて"友達"ができた。)
(けれど――あの質問をした瞬間、俺たちの間に壁ができた気がする。)
そして、レイが去った後。
シオリはひとり、小さく呟いた。
「……死にたくない……」
今日はこの辺でやめときます。
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