友達
「レイ、何? 初日から考え込んでるの? もう授業についていけないの?」
不意に、隣の席の女子が声をかけてきた。
(……誰だ?)
知り合いのはずがない。
少なくとも、自分はこの学園で誰かと親しく話したことはない。
レイは視線を上げ、その女子を見た。
艶のある黒髪を肩のあたりで切りそろえ、
整った顔立ちにどこかイタズラっぽさを感じさせる。
表情は柔らかく、親しげに微笑んでいる。
「……授業とは別のことを考えていただけだ。」
「それより……どこかで会ったことありましたか?」
彼女は、少し唖然とした表情になり、頬を膨らませた。
「ひどい! 入学式で隣だったエリス・カガミだよ!」
(エリス・カガミ?)
そんな名前には、まったく覚えがない。
「……いや、俺は誰とも話していないはずだけど。」
エリスは、いたずらっぽく笑って肩をすくめる。
「ええ〜? 冷たいなぁ。入学式の後、レクリエーションで自己紹介したでしょ?」
(……自己紹介?)
レイの眉がわずかに動く。
昨日までの記憶を辿るが、そんなものはなかった。
事態が終息して、誰かと話すこともなく、帰宅したはずだ。
だが、エリスは当然のように話し続ける。
「自己紹介の時、レイが"趣味は特にない"って言ったんだよ。それで、私が"じゃあ一緒に何か見つけよう"って言ったんじゃん!」
(そんなこと、言った覚えはない。)
いや、それどころか――
"そんな時間、存在しなかった"
しかし――同時に、点と点が繋がった。
(昨日の出来事が"何もない"だった理由。)
何も隠されていない。
偽装された形跡すらない。
まるで、"最初から存在しなかった"かのように。
(まさか……"世界そのものが書き換えられた"?)
それなら、"何もない"のも当然だ。
レイは目を伏せ、一瞬考えた。
(わけが分からない。でも、好都合だ。)
このエリスとやらは、明らかに昨日の"何か"を知っている。
彼女は普通に振る舞っているが、彼女自身が"偽装の一部"である可能性すらある。
(なら、利用するまでだ。)
レイは顔を上げ、少しだけ笑ってみせた。
「……ごめん、今思い出したよ、エリス。」
「改めて、よろしく。」
エリスの表情がぱっと明るくなる。
「ほんと? もう、びっくりしたよ。忘れちゃったのかと思った!」
(さて……ここからだ。)
「入学式から今日までのこと、改めて聞かせてくれる?」
レイは慎重に言葉を選んだ。
エリスの話を聞けば、この"世界の偽装"がどう行われたのか、何か分かるかもしれない。
「エリスは昨日、入学式の後何してた?」
レイがそう尋ねると、エリスはニヤリと笑い、肩をすくめた。
「えぇ〜? 何? 私が気になるの? いやらし〜」
「そんなんじゃないって。それで、何してた?」
「ははっ、分かってるって! もう、レイったら冗談通じないんだから!」
エリスは楽しげに言うと、ちょっとした"お芝居"でもするように身を乗り出した。
「えっとね〜、入学式の後はみんなで食堂に行ったんだよ!」
「ほら、新しい学校に入ったら最初にチェックするのは、やっぱり"飯"でしょ!」
「でさ、私たちのテーブルにいたユウトが"ここのカレーは3種類のルーをブレンドしてる"とか、めちゃくちゃ語り始めちゃってさ〜」
「でもって、ミナトが"じゃあ食べ比べしてみよう!"ってノリになっちゃって、みんなでカレー三種盛り頼んでさ……」
エリスは身振り手振りを交えながら、まるで"実際にあった"かのように話し続ける。
「そしたらさ、アオバがカレーにやたらスパイス足しまくって、"うわ、辛ぇ! これ絶対罰ゲームレベル!"ってなってさ!」
「そしたらそしたら、ナナミが"いや、甘口も混ぜればワンチャン"って言い出して……」
「で、結局"辛いカレーに甘口混ぜるとマズい"っていう結論に落ち着いたのよね〜」
レイは静かに話を聞きながら、エリスを観察する。
彼女の話は、どこまでも"自然"だった。
笑いながら、まるで実際に体験したかのように語る。
「それでそれで、食堂で盛り上がったあと、みんなで校舎をぐるっと回ったんだよ!」
「いや〜、やっぱ学園生活ってワクワクするよね! "ここが私たちのホームになるんだ〜!"ってテンション上がっちゃって!」
エリスは目を輝かせながら続ける。
「でさ、"この学校で一番高い場所ってどこ?"って話になってさ〜、屋上に行こうとしたんだけど……」
「まさかの鍵がかかってたの! "は!? なんで!?"ってなってさ!」
「そしたら、カズキが"入学式の日に屋上ってお約束なのに!"ってキレ始めてさ〜」
「そしたら、カズキが"入学式の日に屋上ってお約束なのに!"ってキレ始めてさ〜」
「で、"しゃーない、次のチャンスまで温存や"ってことで、体育館に行ったんだけど……」
エリスは、楽しそうに"昨日の出来事"を語り続ける。
まるで、それが"本当にあった"かのように。
(……ありえない。)
昨日の入学式の後、レイは誰とも話していない。
そもそも、そんな"青春ラブコメ"のような時間など存在しなかった。
しかし、エリスは"あったこと"として話している。
「でねでね! その後、ハルカのやつが"おい、レイ、そろそろ自己紹介ターンだぞ!"とか言い出して!」
「レイが"趣味は特にない"って言ったら、私が"じゃあ一緒に何か見つけよう"って言ったの、覚えてる?」
エリスは微笑んで、じっとレイを見つめた。
面白かったらいいねコメントお願いします!




