第八話 元の世界へ帰る手がかりを、土地神様に導いてもらいます
地下空間から回収した鏡の欠片を持ち帰った汐恩たちは、すぐさま皇家の当主――燈真の父である頼真の元へと向かった。
重厚な文様が刻まれた畳の部屋で、厳格な面持ちの頼真は、出された欠片を眼鏡越しにじっと見つめている。
「・・・間違いない。これは古の時代、異なる世界同士の理を繋ぐために作られた『界渡りの鏡』の欠片だ」
頼真はため息を漏らすように呟くと、静かに汐恩を見やった。
「我が家の古い記録によれば、この鏡は遥か昔に砕け散り、陽炎界の各所へと散らばったとされている。汐恩殿、君がこの世界へと引き寄せられたのは、地下に設置されていた吸霊装置がこの破片の力を悪用し、時空の歪みを発生させたからで相違ないだろう」
「ってことは、他の破片も集めれば元の世界に戻れるってこと?」
「理論上はな。だが、破片を結晶化させて力を溜め込み、土地神の霊力を吸い上げていた人物・・・すなわち黒幕が存在するのは明白だ。破片を探すということは、その陰謀の渦中へ自ら飛び込むことを意味するが・・・」
頼真の問いかけに、汐恩は迷うことなくニカッと笑ってみせた。
「別にいいよ。元の世界に帰る手がかりが分かっただけでも儲けものだし! 邪魔する奴がいるなら、またドカンと吹き飛ばすだけだからさ」
頼もしいというか、大雑把すぎる回答に頼真は思わず苦笑いを浮かべた。
しかし、隣に座る燈真は眉をひそめて腕を組む。
「父上、問題はどうやってその破片を探し出すかです。広大な陽炎界の中から、たった数片の鏡を探し出すなど、雲を掴むような話では・・・」
『ふふん! 妾の出番のようじゃな!』
それまで汐恩の膝の上で丸くなっていたコノハが、待ちかねたとばかりに跳び起きた。小さな白い胸をピンと張り、ドヤ顔で二人を見渡す。
「コノハ様、何かいい作戦でもあるの?」
汐恩が突っつくと、コノハは少しだけ照れくさそうに耳を伏せ、真面目な声で語り始めた。
『お主らには、妾の荒れ果てた神社を再建してもらい、こうして美味い飯と温かい寝床まで与えてもらった。この恩、忘れたわけではないぞ』
コノハはポンと短い前脚を自分の胸に当てる。
『今の妾は力が著しく衰退しておる。だが・・・これでも地に根ざした土地神の端くれじゃ。神徳の一端である【稲荷のちいさな導き】を使えば、失われた神具や導くべき道すじを、直感で察知することくらいはできる!』
「へぇ! 神様っぽいことできるんだ!」
『失礼な奴じゃな! ずっと神様じゃ!』
コノハはプンプンと頬を膨らませると、大広間の中央へ立ち、スッと目を閉じた。
小さな体がほのかに桜色の光に包まれ、静かな神気が部屋を満たしていく。
『・・・集いし導きの糸よ、巡り合いの道を示せ・・・【稲荷のちいさな導き】!』
コノハが短く呪文を唱えると、その鼻先から、桜色の光を纏った小さな狐火がポッと灯った。
その光はゆらゆらと宙を漂い、やがて南の空を指し示すように、スッと一本の筋を描いて消えていく。
『ふぅ・・・届いたぞ。ここから南へ進んだ先、賑やかな活気に溢れる門前町・・・いや、巨大な『遊郭街』のあたりに、次の破片の強い気配を感じる!』
少し疲れた様子で息をつくコノハだったが、その瞳は自信に満ち溢れていた。
「すごいじゃん、コノハ様! バッチリ方角まで分かっちゃった!」
「なるほど・・・コノハ様の神徳ならば、黒幕が隠そうとしても破片の気配を辿ることができるわけか」
燈真は感心したように頷くと、力強く立ち上がった。
「父上、僕も汐恩に同行します。皇家の陰陽師として、土地神の力を脅かす黒幕を放置するわけにはいきません」
「うむ。燈真、汐恩殿をしっかりサポートするのだぞ。・・・それと汐恩殿、町を破壊するのは極力控えておくれよ?」
「は~い、努力目標にしときま~す」
軽い返事を返す汐恩に、燈真は早くも頭が痛そうな顔をしている。
「よしっ、目的地が決まったなら出発だね! 美味しいご当地グルメでもあるといいなぁ〜」
『おお! 旅のお供には美味しい油揚げを用意してほしいぞ!』
「君たち、観光旅行ではないんだぞ・・・」
呆れる燈真をよそに、汐恩とコノハは顔を見合わせて楽しそうに笑い合った。
元の世界へ帰るための、そしてこの世界を巻き込む異変を解き明かすための、新たな旅が今始まろうとしていた。




