第七話 神社の地下に怪しい穴が開いていたので、装置ごと力任せに吹き飛ばしておきました
爽やかな朝の空気をぶち破るように、皇家の使いである若き陰陽師が息を荒らして駆け込んできたのは、朝食を終えて一息ついた直後のことだった。
「報告いたします! コノハ様の神社を調査していた者たちより、緊急の連絡が!」
「何事だ。落ち着いて話せ」
燈真が茶を置くと、使いの男は汗を拭いながら重々しく口を開いた。
「はっ・・・社殿の修繕を進めていたところ、崩れ落ちた本殿の真下から、巨大な空洞・・・文字通りの『巨大な穴』が発見されました。しかもその底から、ただならぬ妖気が漏れ出しているとのことです」
『なんじゃと!? 妾の神社の下にそんな穴など、昔は存在しなかったぞ!』
コノハが驚きのあまり汐恩の肩から転がり落ちそうになる。
汐恩は落ちかけるコノハを片手でナイスキャッチすると、湯呑みを置いて立ち上がった。
「ふーん・・・怪しい穴ねぇ。見に行ってみようよ」
♢
一行が再び訪れた廃神社は、皇家の職人たちによってある程度整えられていたものの、本殿の跡地にはぽっかりと漆黒の亀裂が口を開けていた。
近づくだけで、肌を刺すような冷たい不快感が漂ってくる。
「・・・間違いない。これは自然にできた洞窟ではないな。何者かが意図的に穿ち、隠していた穴だ」
燈真が刀の柄に手をかけ、警戒を強める。
その直後――ズズズ・・・と地面が不気味に揺れ動いた。
『グシャアアアッ!』
『ヒヒッ・・・生キ血ダ・・・!』
穴の暗闇から溢れ出してきたのは、粘着質な泥のような体をうねらせる異形の物怪たちだった。数にして三十、いや四十・・・集団で這い出てくる様は、まさに悪夢そのものだ。
「チッ、湧いて出たか・・・! 汐恩、下がって――」
「あ、めんどくさいから私がやるね」
燈真が印を結ぼうとした瞬間、汐恩はすっと前に出ると、足元の小石を軽く蹴り上げた。
クルクルと宙を舞う小石を、右拳で弾くようにデコピンの要領で「トン」と打ち出す。
ブワッ!!
たったそれだけの動作で生み出された衝撃波が、突風となって穴の入り口を突き抜けた。
威圧的な叫びを上げていた物怪たちは、叫び声をあげる暇すら与えられず、一瞬で塵となって吹き飛んでいく。
「・・・は?」
あまりの理不尽な威力に、燈真の思考がフリーズする。
汐恩は何事もなかったかのように穴の縁へ歩み寄ると、底を覗き込んだ。
「へぇ・・・奥に何か光ってるよ?」
二人が穴の底へ降り立つと、そこには歪な空間が広がっていた。
中央に鎮座していたのは、禍々しい紫色の光を放つ、巨大な水晶のような結晶体。その表面にはびっしりと不気味な呪符が貼り付けられ、脈打つ心臓のように明滅している。
「これは・・・吸霊呪陣』!? 土地神の威光や霊脈のエネルギーを強引に吸い上げ、どこか別の場所へ転送するための禁忌の法術だ・・・!」
燈真が息をのむ。
『な・・・何じゃと!? 妾の力が減っていたのは、年齢のせいではなく、こやつのせいだったのかのう!?』
「誰かが意図的にコノハ様の力を奪い、この地域を弱体化させようとしていたんだ・・・。一体誰が、何のために・・・」
深く考え込もうとする燈真の横で、汐恩はじーっと紫の結晶を見つめていた。
「ねぇ、燈真。これ、どうやって止めるの?」
「仕掛けられた術式を解読し、呪符を一枚ずつ無力化していく必要がある。これほどの規模となると、父上や本家の上級陰陽師を呼んで手解きを・・・」
「あ、そういうのいいや。要は壊せばいいんでしょ?」
「は? 待て汐恩、下手に衝撃を与えたら爆発して呪いが伝染――」
止めようとする燈真の声が響くより早く、汐恩は右足の引き出し、軽く腰を落とした。
そして——トン、と踏み込む。
——ドガアァァァァンッ!!!
地響きと共に爆振が吹き荒れた。
汐恩が放ったただの「普通の蹴り」は、不気味な結晶体はもちろんのこと、施されていた厳重な防護障壁、さらには地下空間の岩盤ごと、文字通り木っ端みじんに粉砕した。
巻き上がる土煙の中、紫色の禍々しい気配は一瞬で浄化され、清らかな風が地下を吹き抜けていく。
「ふぅ。すっきりしたね」
腕を組み、満足そうに頷く汐恩。
後ろでは、燈真が開いた口が塞がらない様子で固まり、コノハは『ひぇぇ・・・』と震えていた。
「君は・・・君という奴は、本当に加減というものを・・・」
頭を抱える燈真だったが、ふと粉々になった結晶の瓦礫の中に、一つだけ異質なものが転がっているのに気づいた。
「・・・ん? なんだ、これは」
燈真が拾い上げたのは、手のひらサイズの金属製の欠片だった。
だが、この世界の物ではない。表面に奇妙な幾何学模様が刻まれており、そこからは陽炎界の異能とは明らかに質の異なる「別の世界の気配」が漏れ出している。
「これは・・・古代の『界渡りの鏡』の破片・・・? なぜこんなものが吸霊装置の中に・・・」
首を傾げる燈真からその欠片を受け取り、じっと見つめた汐恩は、ハッと目を見開いた。
「あれ・・・? これ、私がこの世界に飛ばされた時に見たやつかも・・・!」
『なに・・・!? 汐恩、それは誠か!?』
「うん! 放課後、学校から帰る途中にいきなり光に包まれて・・・時空の歪みみたいなのが現れて落ちちゃったんだけど、その空間を破って落ちていく時、周りにこんな模様の鏡の破片みたいなのがたくさん浮いてたんだよね!」
「なるほど・・・! 君が巻き込まれた時空の歪みと、この神社から力を奪っていた装置は、同じ『界渡りの鏡』の力によって引き起こされたものだったということか・・・!」
燈真は深く頷き、手に持った欠片をじっと見つめた。
「つまり、この破片を集めて解析すれば・・・君が元の世界へ帰る鍵になるかもしれない」
「本当!? やったぁ! 手がかりゲットしちゃった!」
不気味な穴の底で思わぬ形で繋がった、汐恩の異世界転移と神社の異変。
二つの謎が交錯し、汐恩の「元の世界へ帰るための冒険」がいよいよ本格的に動き始めるのだった。




