第五話 無双した後のご飯は美味しいので、皇家の屋敷でご馳走になります
「あ、あの・・・!お助けいただき、本当にありがとうございました!」
「これ、大したものではありませんが、我が家に代々伝わる髪飾りでございます!どうかお納めください!」
「うちの店特製の煎餅も持っていってくれ!」
静まり返っていた城下町は一転し、熱狂的な歓声と感謝の嵐に包まれていた。
先ほどまで巨大な妖魔に怯えていた町人たちが、我先にと汐恩の周囲へ群がり、手持ちの貴重品や美味しそうな食べ物を次々と差し出してくる。
「え、あ、いいよいいよ。美味しいお団子を食べさせてくれたお礼に片づけただけだし」
押し寄せた人に対し、汐恩は困ったように手を横に振った。
差し出された豪華な装飾品や高価な品物には一切目をくれず、ただ温かな笑顔で「気持ちだけ受け取っておくね」と柔らかく辞退する。
『ぬ・・・?おぬしのことだから、出されたものは遠慮なく根こそぎ持ち去るのかと思ったぞ』
汐恩の胸元からひょっこり顔を出したコノハが、心底意外そうに目を丸くした。
「いや、私のことなんだと思ってるの」
汐恩は思わず苦笑いを浮かべ、コノハの頭を軽くつつく。
「それにさ・・・美味しい夕飯を食べさせてくれるって、燈真が言ってたしね。今ここでたくさん貰っても食べきれないでしょ」
そう言ってちらりと視線を向けると、そこには刀を鞘に納め、呆れ顔で佇むエリート陰陽師の姿があった。
「本当に君はいい性格をしてるな・・・。ほら、人だかりが大きくなる前に早く僕の屋敷へ行くぞ。ついてこい」
燈真は軽くため息を吐きながらも、どこか誇らしげに背を向けて歩き出した。
♢
活気あふれる大通りを抜け、一段と格式高い雰囲気が漂う敷地へと踏み入る。
目の前に現れたのは、高く聳え立つ立派な門構えと、どこまでも続く漆黒の屋根瓦が印象的な巨大な和風建築だった。
「うわ・・・すごい大きなお屋敷だね」
思わず見上げる汐恩の呟きに、懐のコノハがなぜか誇らしげに胸を張る。
『驚くのも無理はない。皇家といえば、この陽炎界でも指折りの権力と歴史を誇る陰陽師の名門じゃからな』
「なるほどねぇ・・・。凄腕の陰陽師様ってお金持ちなんだ」
「何でコノハ様が誇らしげに僕の家のことを話すんだ・・・それと変な感心の仕方をするな」
燈真は額を押さえつつ、重厚な門をくぐった。
「父上にはすでに式神を使って事の顛末を報告してある。中で話を聞きたいそうだ。・・・まぁ、まずは腹ごしらえといこう」
手入れの行き届いた庭園を通り、通されたのは目を見張るほど広い大広間だった。
そこには、長テーブル一面を覆い尽くすほどの豪勢な料理がずらりと並べられていた。尾頭付きのめでたい魚料理から、鮮やかな季節の刺身、芳醇な香りを漂わせる肉料理まで、目移りするようなご馳走の数々だ。
「よくぞ参られた、異界の客人よ」
上座に座っていた厳格そうな男と、品のある美しい女性――燈真の両親が、温かい笑みを浮かべて立ち上がった。
「私が皇家の当主、皇 頼真だ。息子から話は聞いている。町の危機を救ってくれたこと、深く感謝する」
「燈真の母親の皇 由吏と申します。息子の燈真がお世話になったみたいで・・・あら、可愛らしいお客様も一緒ですね」
母の優しい眼差しに、コノハは『うむ!コノハと申す!』と得意気に応じる。
「さぁ、冷めないうちに召し上がってください。ささやかな宴ですが、歓迎いたします」
燈真の両親の温かい言葉に促され、汐恩の目が輝いた。
「わぁ・・・!いただきます!」
それからの時間は、まさに圧巻の一言だった。
汐恩とコノハは勢いよく料理に飛びつき、次から次へと口へ運んでいく。少女の小さな体のどこに入っていくのか不思議なほどの食欲に、燈真は半ば引き気味だったが、両親は「気持ちのいい食べっぷりだ」と嬉しそうに目を細めていた。
お腹が満たされたところで、汐恩は自分が別の世界から突然謎の光に包まれて飛ばされてきたこと、そして元の世界へ戻る方法を探していることを淡々と語った。
「ふむ・・・次元の歪みによる異界からの転移か。この陽炎界でも滅多に起きぬ現象だが、古文書を探せば何かしらの手がかりが得られるかもしれん」
頼真は深く頷くと、重厚な声を響かせた。
「そして、例の約束の件だな」
当主が静かに手を叩くと、控えの間から数人の使用人や配下の陰陽師たちが姿を現した。
「直ちに例の廃神社へ向かえ。土地神であるコノハ様の社を完璧に修繕し、周辺の環境を整えるのだ。また、なぜこれほど急速に神社が荒廃し、強力な怪異が集まるようになったのか、根本的な原因も精緻に調査せよ」
「御意」
影のように素早く飛び立っていく陰陽師たち。
その手際の良さに、コノハのつぶらな瞳からポロポロと大きな涙が溢れ出した。
『あ、ありがたやぁ・・・!妾の神社が、元通りになるのじゃな・・・!汐恩、燈真、皇家の者たち、感謝するぞぉ・・・!』
「よかったね、コノハ様」
感極まって泣きじゃくるコノハの頭を、汐恩は優しく撫でる。
「さて・・・汐恩殿。手がかりが見つかるまで、当分は我が屋敷に滞在されるといい。その方が息子の刺激にもなるだろう」
「父上!?」
頼真の言葉に燈真が声を裏返したが、汐恩は「え、いいの?ご飯美味しいし助かる!」と即答した。
「ふふ、決まりですね。これからよろしくお願いしますね、汐恩さん」
由吏の柔らかな微笑みに包まれ、汐恩の異世界での居場所が、こうして少しずつ形作られていくのだった。




