第四話 団子代の分くらいは、サクッと働きますかね
悲鳴と怒号が飛び交う城下町の大通り。
逃げ惑う人々を押し分け、巨体を揺らして暴れていたのは、三本の角を生やした巨大な蜘蛛の妖魔だった。
『グシャアアアアッ!』
鋭い八本の脚が木造の建物を容易く破壊し、口からは粘着性のある糸を撒き散らして町を壊していく。
「退がれ、皆の者! 皇家の若当主、皇燈真が相手だ!」
逃げ遅れた町人を庇うように躍り出た燈真が、素早く懐から数枚の札を取り出す。
「急急如律令——【風刃・双連】!」
放たれた札が激しい風の刃となって妖魔の脚を切り裂く。しかし、巨蜘蛛の皮膚は硬く、浅い傷を負わせるにとどまった。
『ギシシャアアッ!』
「くっ・・・! 想像以上に外皮が硬い・・・! 式神を展開して足止めを――」
燈真が次の術を練り上げようとした、その時。
「燈真」
ふわり、と軽い足取りで自分の横に滑り込んできた影があった。
先ほど買い与えたばかりの、濃紺の粋な着物を纏った少女――汐恩だ。片手には綺麗に平らげられている団子の串を握っている。
「汐恩!? 馬鹿者、下がっていろと言ったろう! この妖魔は――」
「大丈夫だって。団子、美味しかったからさ」
汐恩はポイッと団子の串を投げ捨てると、腰に差した愛刀の柄にそっと手をかけた。
その瞬間――汐恩から解き放たれた圧倒的な圧に、燈真の息がピタリと止まる。
「『一仕事分の働き』はしないと、後味悪いしね」
トンっ、と汐恩が地面を蹴る。
足音が消えた。次の瞬間には、汐恩の身体は巨大な蜘蛛の目の前に移動していた。
『ギっ・・・!?』
「まずは、大人しくしてて」
――【羅刹・夜叉の構え(らせつ・やしゃのかまえ)】。
汐恩の体内から深紅の妖術が爆発的に跳ね上がり、彼女の全身を包み込む。
身体能力を限界まで引き上げる自己強化の術。汐恩の瞳が妖しく赤く光り、その動きはもはや人間の目では追いきれない超スピードへと昇華する。
「な・・・っ!? 消えた・・・!?」
燈真が驚愕の声を上げる。
巨蜘蛛が暴れ回るよりも速く、空中で反転した汐恩は、残像を残しながら一瞬で十数回もの斬撃を繰り出した。
――【血桜・散華幽玄】。
ハラハラと舞い散る美しい桜の幻影とともに、巨蜘蛛の八本の脚が一斉に細切れとなって宙を舞う。
『ギギャアアアアアッ!』
自慢の脚を全て失い、地面へと崩れ落ちる巨蜘蛛。
着地の衝撃すら殺してしなやかに舞い降りた汐恩は、胴体だけになってのたうつ化け物を見下ろすと、静かに刀を構え直した。
「じゃ、終わりね」
すうっと息を吸い込み、刀身に漆黒と紫の妖気を収束させていく。
空気が重く震え、周囲の明かりが一瞬消えたかのような錯覚。
「――【鬼哭・紫電一文字】」
横一閃。
暗い紫の閃光が街の空間そのものを切り裂いた。
ドスン・・・!
巨大な妖魔の胴体が真真二つに両断され、断末魔すら残さずに黒い煙となって消滅していく。
血の一滴すら着物に浴びることなく、汐恩はパチリと刀を鞘に納めた。
「ふぅ。終わった終わった」
静まり返る城下町。
呆然と立ち尽くす町人たちと、口をぐうの音も出ないほど開けて固まっている燈真。
『う、うわぁぁぁん! やっぱりこの鬼、ヤバすぎるのじゃぁぁぁ!』
汐恩の懐から顔を出したコノハだけが、あまりの凄惨な一撃に泣き叫んでいた。
「な・・・なんだ、今の技は・・・。陰陽術でも、普通の剣術でもない・・・!」
燈真がガクガクと膝を震わせながら汐恩に歩み寄る。
「ん? うーん、昔お父さんから仕込まれた実家の流派? かな」
「実家の流派で空間が裂けるかぁっ! というか君、夜叉の構えで身体を強化しておいて、最後にあの密度の妖気を一気に解放したのか!? 普通なら反動で身体が弾け飛ぶぞ!?」
「え、そう? 別に体力的には体育の50メートル走くらいだけど」
「体育とは・・・!?」
頭を抱えて崩れ落ちるエリート陰陽師。
汐恩はそんな燈真の肩をポントンと叩くと、満足そうにお腹をさすった。
「さて、約束の神社再建、よろしくね、燈真。あ、ついでに夕飯の場所も教えて?」
「・・・君というやつは本当に・・・はぁ・・・僕の屋敷で夕食を用意させているから安心しろ」
圧倒的な力で見事に町を救い(ついでにイケメン陰陽師の胃を痛めさせ)、汐恩の城下町でのバトルは完全勝利で幕を閉じたのだった。




