第三話 ポテチは神様への献上品なので、雨宿りの延長をお願いします
「お、お願いだから出て行ってくれぇぇ! 鬼が居座っていたら、気圧されて妾の寿命が縮んでしまうぅぅ!」
古びた拝殿に、哀れな悲鳴が響き渡る。
狐神のコノハは、半泣きになりながら必死に汐恩へ出て行ってほしいと訴えていた。しかし、当の汐恩は縁側に座り直すと、パーカーのフードを軽く直してふっと柔らかい笑顔を浮かべる。
「コノハ様・・・私のポテチ、食べたよね?」
「た、食べました・・・」
汐恩の満面の笑みに隠された謎の圧に押され、コノハはちんまりと縮こまった。
「じゃあ、あれが私からの『献上品』ってことで。雨が上がるまでここにいさせてよ」
「ポ、ポテチ数枚で神社を占拠する気かぁぁ!?」
(神様相手に何してんだ、この鬼・・・!?)
一部始終を見ていた皇燈真は、絶句して頭を抱えた。
神様をポテチ数枚で買収(というか脅迫)して居座る鬼など、陰陽道の歴史を探してもどこにも書いていない。
燈真はハッと我に返ると、咳払いを一つして汐恩に向き直った。
「・・・コホン。なら、雨が上がったら大人しく僕と一緒に来てくれるんだな?」
「ん? やだよ。雨が上がったらコノハ様の案内で、適当にこの辺フラフラ探検する予定だし」
『何で妾を連れていく前提なんだ!?』
「即答で断るな! 理由になっていないだろう!」
引き下がる気のない燈真に対し、汐恩は心底面倒くさそうに溜め息をついた。
「だって、見知らぬ男の人について行くとか危ないじゃん」
「僕は皇家の陰陽師だ! 怪しい者じゃない!」
「怪しいよ。刀持ってるし、火とか出せるし」
「生身で化け物を切り捨てられるくらいの強さを持っている君の方が怪しいじゃないか!」
不毛な押し問答が続く中、外の雨足が少しずつ弱まり、雲の隙間から陽の光が差し込み始めていた。
いよいよ雨が上がってしまう。燈真が焦りを募らせたその時、汐恩が膝の上のコノハをじっと見つめ、ふと呟いた。
「あ、でも・・・コノハ様を連れて行っちゃったら、この神社、完全になくなっちゃうのかな」
汐恩は立ち上がり、ボロボロの柱や穴の空いた天井を見渡す。そして、燈真の方へ振り返った。
「ねぇ、陰陽師さん」
「・・・なんだ?」
「君と一緒に行く条件。この神社の再建、手伝ってよ」
「・・・なっ!?」
予想外の提案に、燈真は目を見開いた。
「私がコノハ様を連れて出て行ったら、神様がいなくなっちゃうから、この神社、本当に壊れちゃうかもしれないじゃん?だから、ちゃんと人がお参りできるくらい綺麗な神社に戻すって約束してくれるなら、一緒に街に行ってあげてもいいよ」
『お、鬼娘・・・! 妾のために・・・!?』
感動のあまりウルウルと目を潤ませるコノハ。
燈真は驚きに目を見張った後、ふっと表情を和らげた。
(・・・ただの気まぐれな鬼かと思ったが、土地神を気遣う優しさがあるのか)
「ふっ・・・いいだろう、乗った。元々ここは由緒ある社だ。土地神である狐神の力が衰退したことで結界が破れ、怪異が集まる廃神社と化していたのだろう。神社を再建し、信仰を取り戻すことは陰陽師としての務めでもある」
燈真は腰の刀の柄に手を当て、力強く頷いた。
「約束しよう。皇家の力を使って、必ずこの神社を元通りに再建してみせる」
「よし、交渉成立」
汐恩が満足そうに頷くと、燈真はハッと我に返ったように咳払いを一つした。
「・・・そういえば、まだ互いに名乗っていなかったな。僕は皇 燈真。これでも名門と言われてる家の陰陽師だ」
「私は香月 汐恩。・・・まあ、見ての通り一応『鬼』ってやつ」
「香月、汐恩・・・。よし、覚えた。そっちの土地神は?」
『妾はコノハじゃ! 忘れるでないぞ!』
「よし、挨拶も済んだし行こっか、燈真、コノハ様」
「呼び捨てか・・・!? まあいい、まずは町へ向かうぞ」
「あ、ちなみに町に行ったら美味しいもの奢ってくれる?」
「・・・急にちゃっかりするな。分かった、町で一番美味い団子屋へ案内してやる」
「やった。じゃ、早く行こう」
『うむ! 行くぞ汐恩! 団子じゃ団子じゃー!』
現金な一人と一匹のやり取りに、燈真は「やれやれ」と額を押さえながらも、どこか楽しそうに口元を緩めた。
♢
山を下り、しばらく歩くと——汐恩の視界に、活気溢れる広大な街並みが飛び込んできた。
木造の風情ある建物が立ち並び、瓦屋根の上の空には時折、式神と思われる紙の鳥が舞っている。賑やかな呼び込みの声と、香ばしい醤油の香りが漂う城下町。
「うわぁ・・・時代劇のセットみたい」
目を輝かせる汐恩だったが、街を行く人々からの視線が一斉に注がれていることに気づいた。
周りはみんな着物や羽織を着ているのに対し、汐恩はダボッとしたオーバーサイズのパーカーにスニーカー、黒髪ボブという完全な現代っ子スタイルだ。
「・・・目立ちすぎだな。やはり先に服屋へ行くぞ」
「えー、団子が先」
「その格好で歩いていたら門番に捕まる! いいから来い!」
燈真に半ば引っ張られるようにして着物屋へ連れ込まれた汐恩。
数分後――店の奥から出てきた汐恩の姿を見て、燈真は思わず息を呑んだ。
濃い紺色を基調とした、動きやすい粋な着流し。腰には朱色の帯がキュッと結ばれ、黒髪のボブカットと相まって、どこか涼しげで凛とした美少女の姿がそこにあった。
「・・・どう? 似合ってる?」
「っ・・・あ、あぁ。まぁ・・・悪くないんじゃないか」
(・・・なんだ、着替えると普通に綺麗な娘じゃないか・・・)
思わず顔を赤らめる燈真に、汐恩は「ふ~ん」と首を傾げる。
「よし、着替えも終わったし、約束の団子!」
「分かった分かった、すぐそこだ」
燈真が買い与えた特大の焼き団子を、汐恩は幸せそうに頬張る。
「ん〜! もちもちで美味しい!」と素直に喜ぶ姿は、どこからどう見ても普通の18歳の少女だった。
しかし、平和な時間は長くは続かない。
――ズズズ・・・っ!!
突如、城下町の中心部から、背筋が凍りつくような凶悪な妖気が吹き荒れた。
人々の悲鳴が上がり、逃げ惑う群衆で町が一瞬にしてパニックに陥る。
「なっ・・・!? この妖気は・・・巨大な妖魔か!?」
燈真が瞬時に刀を抜き、警戒態勢に入る。
そんな緊迫した空気の中、汐恩は最後の団子をパクリと口に放り込むと、ポケット・・・ではなく着物の腰に差した愛刀の柄に、そっと手をかけた。
「ん、ごちそうさま。・・・じゃ、団子代の代わりにサクッと片付けに行きますか」
どこまでも飄々とした笑みを浮かべ、最強の鬼少女がゆっくりと踏み出した。




