第二話 廃神社で雨宿りをしていたら、神様がビビり散らかして陰陽師が飛んできました
ギィ・・・と不穏な音を立てて開く、廃神社の古い引き戸。
長年放置されていたらしく境内はホコリっぽかったが、屋根もしっかりしており、雨風を凌ぐには十分すぎる空間だった。
「よし、お邪魔しまーす」
汐恩はスニーカーを脱ぐこともなく、土足のまま拝殿の縁側に腰を下ろした。
先ほど無事に回収したポテチとおせんべいの袋を取り出す。パリッと軽快な音を立ててポテチの袋を開けると、芳しい塩の香りが広がった。
「ふぅ・・・異世界転移?初日としては、まあ上出来かな。いつの間にか雨も降ってきたし、ここで雨宿りしよ」
ポテチを一枚つまんで口に放り込み、ポリポリと咀嚼する。
自分が謎の光に包まれて異世界に飛ばされたこと、巨大な妖怪を一撃で切り捨てたこと。普通ならパニックになるところだが、持ち前の大雑把な性格のおかげで、汐恩の心は驚くほど平穏だった。
と、その時である。
『ひっ・・・!? な、なにやつ・・・っ!?』
拝殿の奥、打ち捨てられた神棚の影から、甲高い鈴のような声が響いた。
汐恩が視線を向けると、そこから恐る恐る顔を出していたのは――掌に乗りそうなほど小さな、一匹の白い狐だった。
ふさふさとした尾を震わせ、つぶらな瞳を精一杯見開いて汐恩を睨みつけている。
「・・・ん? 狐?」
『キ、キツネだと!? 礼儀を知らぬ人間め、無礼であーる! 妾はここを護る土地神、コノハ様だぞ!』
ぴょんと跳び跳ねて威張ってみせるコノハだったが、その身体はブルブルと生まれたての小鹿のように震えていた。
それもそのはず。コノハのつぶらな瞳には、汐恩の背後に渦巻く、常人には見えない凄まじい『深紅の妖気』がはっきりと視えていたからだ。
『お、おまえ人間じゃないな・・・!? その気配は鬼か・・・!? なんだその規格外の妖力は・・・! 今にも神社が吹き飛びそうなんだが!?』
「あ、バレた? 流石は神様、一発で私が鬼って見抜くんだ。すごいねー」
『すごいで済むかぁぁ! 命だけは助けてくれぇぇ! 食わないでぇぇ!』
頭を抱えてガタガタと平伏するコノハ。
かつては人々の信仰を集めて大きな力を誇っていたらしいが、神社が廃れた今では力が衰退し、こんな愛らしい白狐の姿にまで縮んでしまったらしい。
「取って食ったりしないって。ほら、ポテチ食べる?」
『ぽ、ぽてち・・・? んぐ・・・美味ぁぁ!? なんだこの中毒性のある塩気と油は!?』
「でしょ」
泣きじゃくりながらもポテチを両手で抱えてモグモグ食べるコノハの頭を、汐恩は「よしよし」と撫でまわす。
予期せぬ和やかタイムが流れ始めた、まさにその時だった。
◇
――同時刻。山裾に広がる麓の集落は、上へ下への大騒ぎとなっていた。
「た、大変だ! 丈助さま、一大事だぁ!」
「なんじゃ、騒々しい。落ち着かんか」
「落ち着いていられるか! あの『喰らいの社』に・・・開かずの廃神社に、変な格好をした若い娘が入っていっちまったんだよ!」
「な、なにぃ!?」
『喰らいの社』。
それは強力な祟りと怪異が渦巻き、立ち入った者は誰一人として生きて戻らないと恐れられている絶対不可侵の極悪領域である。
「助けに行かねば・・・しかし、ワシらの手に負える相手ではない・・・!」
「ご安心ください。すでに『あの方』へ報せを送ってあります」
村人たちが絶望に暮れる中、静かに進み出てきたのは一人の青年だった。
白を基調とした隙のない陰陽装束を纏い、背には一振りの宝刀。凛とした眉目秀麗な顔立ちには、若くして前線を張るエリート特有の鋭い意志が宿っている。
「皇 燈真様・・・! 皇家の若当主様が、なぜこのような辺境に!?」
「近くで怪異の調査をしていてね。話は聞いた――無知な娘が死地に足を踏み入れたとあっては、陰陽師として見過ごすわけにはいかない」
燈真は腰の刀の柄に手をかけると、疾風のごとく山道を駆け上がっていった。
「待っていろ、名も知らぬ娘・・・! 僕が必ず、死の淵から救い出してみせる!」
◇
「ふはー、美味かった。おい鬼の娘、もう一枚くれ」
「はいはい」
廃神社の境内では、コノハが完全に汐恩の手懐けられていた。
汐恩の膝の上にちょこんと乗り、満足そうに尻尾を振っている。
その穏やかな空間を破るように――ドォン!! と激しい衝撃音が響き渡った。
「そこまでだ、悪しき怪異ども! 娘さん、危ない!!」
破れかけた障子を勢いよく吹き飛ばし、躍り込んできたのは風と炎の術式を纏った皇燈真だった。
手には急急如律令の札、背後には炎を模した朱雀の式神が咆哮を上げている。
「僕が来たからには好きにはさせん! さあ、僕の後ろへ――・・・って、え?」
カッコよく決めポーズをとっていた燈真の動きが、ピタリと止まった。
彼の視線の先。
埃っぽい拝殿の縁側で、黒髪ボブの少女が、膝の上にちんまり乗せた白狐にポテトチップスを与えている。
「・・・?」
汐恩とコノハが、ポカンとした顔で同時に首を傾げた。
「あの・・・君たち、何をしているんだ・・・?」
「あ、雨宿り? 立ち入り禁止だったならごめんなさい」
「いやそうじゃなくて! そこは祟り神の根城で――待て」
汐恩に近づこうとした燈真の足が、ガクガクと震え出した。
エリート陰陽師としての彼の優れた感覚が、遅まきながら察知してしまったのだ。
目の前の少女の体内に秘められた、底知れない、圧倒的な『質量』の妖気を。
「ひっ・・・!? な、なんだこの妖気は・・・!? 呼吸すら、詰まる・・・!?」
ダラダラと冷や汗を流し、血の気を引かせる燈真。
「に、人間ではない・・・鬼!? なぜこんなところに鬼が!? それに、なんだその妙な服は・・・!?」
「あー、これ? パーカーっていうんだけど。見るの初めて?」
汐恩は至って呑気に答えると、コノハを抱え直して立ち上がった。
「まぁ、とにかく無害だから気にしないで。雨が上がったら出て行くし」
「き、気にできるかそんなもの!!」
燈真はハッと我に返ると、必死の様相で叫んだ。
「これほど規格外の鬼を、野放しにできるわけがないだろう! それに、いくら強いと言っても身寄りのない娘をこんな廃神社に放置などできるか! ひとまず僕の屋敷へ来てもらうぞ!」
エリートとしての使命感と、持ち前の過保護さが混ざった真剣な提案。
しかし、汐恩の返答はあまりにも一瞬だった。
「え、やだよ。私、この子とここにいるし」
「即答!?」
「だって移動するの面倒くさいし。ここ、雨風しのげて居心地いいしね」
『ひぃぃ! 妾を巻き込むなぁぁ! 屋敷でもどこでも行ってくれぇぇ!』
「居心地の問題じゃない! というか、そこの神様が全力で嫌がっているじゃないか!」
コノハが汐恩の腕の中で必死に暴れるが、汐恩は「はいはい、暴れない」となでなでしてスルーする。
「とにかく! 来てもらうからな!」
「やーだー」
不服そうに叫ぶエリート陰陽師と、どこまでも飄々とした最強の鬼少女。
噛み合わない二人の出会いによって、異世界での賑やかな日々が幕を開けようとしていた。




