第三十一話 闇を裂く絆と、満ちる鏡の輝きです
【黒凍の極地】の空が、爆ぜる光と不気味な黒煙で覆い尽くされていた。
真の姿を取り戻したコノハが【九尾の天狐】として金色の炎を撒き散らし、燈真が幾重もの光の陣を巡らせて攻め立てる。
だが――相手は古の時代に二つの世界を恐怖に陥れた古代の邪神【常闇の王】。一筋縄でいく相手ではなかった。
『クックック・・・! 戯れは終わりだ、愚かな者どもよ!』
常闇の王が不気味な咆哮をあげると、極地の空間そのものが激しく歪んだ。
世界の割れ目から吐き出された絶対的な拒絶の闇が、まるで生き物のように蠢き、コノハの放つ神聖な金炎を強引に呑み込んでいく。
『グオッ・・・!? なにっ、妾の神力を強引に侵食してくるだと・・・!?』
巨大な九尾の天狐たるコノハの巨躯が、闇の触手によって拘束され、激しい衝撃とともに氷原へと叩きつけられた。
「コノハ様・・・っ! 『急々如律令! 破邪の光柱符!』」
燈真が間髪入れずに符を打ち込み、コノハを縛る闇の触手を打ち払おうとする。
しかし、常闇の王から放たれる衝撃波の余波だけで、燈真の光の壁はあっけなく粉砕され、彼は氷の上に激しく吹き飛ばされた。
「燈真! コノハ様!」
二人を庇うように、汐恩が前に躍り出る。
愛刀を構え、襲い来る闇の刃を刃先で受け止めたが――ドォンッ! という目に見えない超重力の圧迫感が彼女の全身を襲った。
「くっ・・・あぁぁぁっ・・・!!」
腕の骨が悲鳴をあげる。膝が折り曲がりそうになる。
強い。これまでのどんな敵とも比べものにならない、圧倒的な絶望の質量。
『ハハハハ! どうした、異世界の鬼よ! おまえのそのチートとやらの力も、我が無慈悲な闇の前には塵に等しい!』
常闇の王の嘲笑が、極寒の空に響き渡る。
汐恩の視界が、痛みに歪む。足元がグラつき、刃に走る紫雷の光がパチパチと弱まり始めていた。
(・・・強い・・・勝ち目がない・・・?)
弱気が一瞬、頭をよぎる。
しかし――背後から、血を吐きながらも立ち上がる燈真の足音が聞こえた。
「諦めるな・・・! 汐恩、僕が・・・君の隙を作る・・・!」
全身傷だらけの燈真が、残されたすべての霊力を数枚の符に注ぎ込む。
そして、倒れていたコノハもまた、気高い眼光をカッと見開いて立ち上がった。
『そうだぞ汐恩・・・! 一度負けて、立ち上がったおぬしの強さは・・・こんな影法師に負けるものかぁっ!』
コノハの九つの尾が、命を燃やすような黄金の輝きを放ち、常闇の王の足元を巨大な神炎の檻で閉じ込める。
燈真の放った破邪の光が、常闇の王の胸元にある『絶対の防壁』を強引にこじ開けた。
二人が命がけで作り出してくれた、わずか一秒にも満たない「隙」。
「・・・二人が繋いでくれたんだ・・・! 負けてたまるかぁぁぁっ!!」
汐恩の体内で、何かが弾けた。
胸元で激しく輝く【龍神の鱗珠】の青金の輝き、コノハの神炎、燈真の破邪の光。そして、自分の奥底で眠っていた紫雷。
それらすべてのエネルギーが、汐恩の愛刀へと流れ込み、爆発的な光の柱となって天を突いた。
もう恐怖も、ためらいもない。
仲間と一緒に泥を啜り、強くなると誓ったあの日々が、彼女の刃を『真の無双』へと引き昇らせていた。
「――これが、私たちの全開だぁぁぁっ!!」
空気を置き去りにする極限の踏み込み。
汐恩は弾丸のように飛び出すと、常闇の王の胸元、剥き出しになった核心へ向けて、魂のすべてを注ぎ込んだ一閃を叩き込んだ。
「超合体極大技――【迅雷・龍華鳳凰斬】っ!!」
ドガァァァァァンッ!!!!!
紫雷、青銀の龍光、そして黄金の神炎が融合した巨大な光の鳥が、極地の闇を完全に突き穿った。
『ガ・・・ハッ・・・!? バ、バカな・・・我が・・・人間どもの・・・絆の力に・・・散るというのかぁぁぁっ!?』
絶叫を残し、常闇の王の巨躯が内側から弾け飛ぶ。
激しい光の爆ぜる音が響き渡り、世界の割れ目を覆っていた禍々しい暗黒の気が、まるで嘘のように霧散していった。
静破が訪れる。
吹雪は去り、雲の隙間から、温かな太陽の光が極地の白銀の大地を柔らかく照らし出していた。
「はぁ・・・はぁ・・・勝った・・・?」
膝をつきそうになりながら、汐恩は刀を鞘へと納めた。
その瞬間、空中からキラキラと光る無数の破片が降り注いできた。
常闇の王が溜め込んでいた、残りのすべての『界渡りの鏡の破片』である。
汐恩のポケットから飛び出した五つの破片が宙へ舞い上がり、残りの破片と引き寄せ合うようにカチリ、カチリと音を立てて繋がっていく。
まばゆい桜色の光とともに、空中で一つの美しい完璧な正円を描いた。
「・・・元通りになった・・・『界渡りの鏡』だ・・・!」
駆け寄ってきた燈真が、感無量の面持ちで光り輝く鏡を両手で受け止めた。
小さな姿に戻ったコノハも、嬉しそうに汐恩の肩へ飛び乗る。
『うむ! 見事じゃったぞ汐恩、燈真! 破片はすべて集まった・・・鏡の完全復元じゃ!』
完璧な姿を取り戻した鏡の表面には、吸い込まれるような美しい光の渦が巻いている。
それは――汐恩がずっと望んでいた、元の現代日本へと繋がる次元の扉であった。
激闘を制し、ついに目的を果たした三人。
爽やかな風が吹き抜ける白銀の世界で、三人は復元された鏡を見つめながら、晴れやかな笑顔を交わし合うのだった。




