第三十話 白銀の牙と、真なる神の覚醒です
世界の最北端――【黒凍の極地】。
そこは太陽の光すら届かず、生命の存在を一切拒絶する、凍てつく闇と猛吹雪の世界だった。
吹き荒れる吹雪は肌を裂くほど鋭く、息を吐けば一瞬で凍りついて白い結晶となって落ちる。
だが、三人を取り巻く空気だけは、不思議なほど温かかった。
「・・・すごい。龍神様の宝珠、ちゃんと効いてる」
汐恩が胸元で青金に輝く【龍神の鱗珠】を撫でる。
宝珠から溢れ出る温かな光の膜が、一行を極寒の暴風と禍々しい邪気から完璧に護っていた。
「あぁ。これなら体力を削られずに奥まで進める。・・・行こう、世界の割れ目へ」
燈真が符を構え、深く頷く。
地裂け、氷の尖塔が幾重にもそびえ立つ大地を進むこと数刻。
やがて視界が開けた先には、天を突き破る巨大な紫黒色の亀裂――『世界の割れ目』が不気味な脈動を打っていた。
その割れ目の中心、浮遊する巨大な氷の結晶の上に、そびえ立つ影があった。
黒衣の人物をも遥かに凌ぐ、絶望的な量の闇を全身から撒き散らす存在。
古代の邪神――【常闇の王】である。
『・・・クックック。ここまで辿り着いたか、愚かな虫ケラども』
空間そのものを揺るがす、重苦しく地響きのような声。
常闇の王がその無数の影のような触手を広げると、周囲の空間がミシミシと音を立てて歪み始めた。
『界渡りの鏡の破片を・・・我が真の復活の糧としよう。命もろとも捧げるがいい!』
ドガァァァンッ!!
常闇の王が手を一筋かざすだけで、天から巨大な漆黒の隕石群が降り注ぐ。
空間を消滅させるほどの絶対的な破壊力。
「燈真! 汐恩! 退がっておれっ!」
その時、汐恩の肩から一発の叫びが響いた。
コノハである。
コノハは地面に躍り出ると、両脚を力強く踏みしめた。
胸元に眠っていた本来の神格の記憶、これまでの旅で深まった汐恩と燈真との絆、そして龍神から与えられた刺激によって、彼女の中に眠っていた絶大な神力がカッと激しく燃え上がったのだ。
『妾を・・・いつまでもただの小狐だと思ってもらっては困るのじゃあぁぁぁっ!!』
キュゥゥゥィィン……ッ!!
コノハの小さな身体から、極地の闇を瞬時に押し返すほどのまばゆい金色と桜色の神光が噴出した。
猛吹雪が止まり、氷塊が蒸発していく。
光の中で、コノハのシルエットがみるみるうちに巨大化していく。
一尾、二尾、三尾・・・背後から生え伸びる美しい尾が九つに分かれ、神々しい金色の炎を撒き散らした。
光が収まったそこに立っていたのは――。
優美にして圧倒的な気品を纏う、巨大な【九尾の天狐】の真なる姿であった。
「・・・コノハ、様・・・!?」
燈真が言葉を失い、息を呑む。
汐恩もまた、その神々しく美しい姿に思わず目を奪われていた。
『ふはははっ! 長らく待たせたのう、汐恩! 燈真!これが妾の・・・【稲荷の神・九尾の天狐】の真なる姿じゃ!』
天を突くほどの巨躯から放たれる声は、重厚でありながら可憐で凛とした気品に満ちていた。
九つの尾から放たれる神聖な炎が、降り注ぐ常闇の隕石を一瞬で焼き尽くし、消滅させていく。
『常闇の邪神よ! 妾の愛しい相棒と仲間を傷つけさせはせんぞ!』
コノハは咆哮をあげると、金色の炎を纏った前脚で常闇の王へ襲いかかった。
『――【九尾大炎舞・宇迦の御霊】っ!!』
ドオンッ!! ドガァァァンッ!!
巨大な神獣と邪神のぶつかり合い。
極地の空中が爆炎と衝撃波で埋め尽くされていく。
「すごい・・・! コノハ様、本当はこんなに凄かったんだ・・・!」
汐恩は感嘆の声をあげながらも、すぐさま愛刀の柄を力強く握り締めた。
コノハが真の姿を取り戻し、体を張って道を切り開いてくれている。ならば、自分もここで黙っているわけにはいかない。
「燈真! 私たちも行くよ! コノハ様だけに負担はかけさせない!」
「あぁ! 破邪の陣、最大展開! コノハ様と汐恩の背中を守る!」
燈真が解き放った無数の符が空中で光の陣を描き、常闇の王の暗黒の呪術を相殺していく。
そして、汐恩の足元から爆発的な紫の雷光が弾け飛んだ。
龍神の加護、燈真の符術、そして真の姿となったコノハの絶大な神気。
三人の力が極限まで融合した、かつてない光の旋風が【黒凍の極地】を駆け抜ける。
「――常闇の王! 私たちの世界を、あんたの思い通りにはさせないっ!!」
真の覚醒を遂げたコノハの圧倒的な神威とともに、汐恩の無双の刃が、ついに世界の命運をかけた最終決戦へと放たれるのだった。




