第二十八話 父の教えと、常闇へ導く鏡です
【常闇の魔宮】での激闘を終え、魔宮を後にした三人。
汐恩の手に戻った五つ目の『界渡りの鏡の破片』は、燈真が持つ他の四つの破片と共鳴するように、カチリと心地よい音を立てて合体した。
半数以上の形を取り戻した鏡は、かつてないほど清らかな光を放ち、旅の疲れを優しく癒やしてくれるかのようだった。
「これで全体の半分以上が元通りか・・・。ずいぶ遠くまで来た気がするね」
汐恩が感慨深そうに鏡の表面を撫でる。
しかし、黒衣の人物が言い残した【常闇の王】の存在と、残された不気味な羊皮紙が、三人の心に小さな影を落としていた。
「この羊皮紙に記された紋章と古文書・・・僕たちの知識だけでは解読しきれない部分がある。一度、僕の実家――【皇家】の本邸に戻ろう」
燈真の提案に、汐恩とコノハも強く頷いた。
陰術の総本山であり、古文書の宝庫である皇家の力を借りることが、今の自分たちにとって最善の道だと判断したからだ。
♢
都の郊外に佇む、広大な敷地と荘厳な門構えを誇る皇家の本邸。
境内の神社が順調に再建されている報せを受けていたコノハは、どこか得意気な顔で門をくぐり抜けた。
「父上、ただいま戻りました」
燈真に導かれて通されたのは、静謐な空気が漂う重厚な奥の間。
そこに座していたのは、現皇家の当主であり、燈真の父親である【皇 頼真】であった。
厳格な面持ちの中にどこか温かさを秘めた瞳が、長旅から帰された息子と、異世界の少女・汐恩、そしてコノハを静かに見つめる。
「よくぞ戻った、燈真。・・・汐恩殿、コノハ様。怪我はなかったか?」
「大丈夫」
『ふふん! 頼真よ、妾の神社を綺麗に直してくれて感謝するぞ!』
「コノハ様のお役に立てたなら何よりです。・・・さて、燈真。急ぎ報告したい儀があるようだな」
燈真は深く一礼すると、魔宮で手に入れた不気味な羊皮紙と、五つ合体した『界渡りの鏡』を畳の上に静かに並べた。
「父上。古代遺跡と魔宮で遭遇した黒衣の刺客を退け、五つ目の破片を取り戻しました。ですが・・・奴らの背後には【常闇の王】と呼ばれる存在が潜んでおります。この羊皮紙の解読と、助言をいただきたいのです」
燈厳は差し出された羊皮紙を手にとると、その瞬間に眉を深くひそめた。
手に持った符に霊力を込め、羊皮紙にかざすと、紫の怪しい文字が空中に浮かび上がる。
「・・・やはりか。『常闇の王』・・・かつて数千年の昔、この世界と異世界との境目を喰らい尽くそうとし、初代当主と神々によって世界の果てへ封印された古代の邪神だ」
「古代の・・・邪神・・・!?」
汐恩が息を呑む。
燈厳は静かに首を振り、続けた。
「奴は長き封印の中で力を蓄え、完全な復活を遂げるために『界渡りの鏡』の砕かれた力を欲しているのだ。もし破片がすべて奴の手に渡れば、次元の壁が崩壊し、この世界のみならず、汐恩殿の世界までもが闇に呑み込まれることになるだろう」
言葉の重みが、部屋の空気をズシリと重くする。
自分たちの戦いが、単なる「家に帰るための旅」から、「二つの世界の存亡をかけた戦い」へと繋がっていたのだ。
「父上、奴らはどこに潜んでいるのですか?」
「この羊皮紙が示しているのは・・・世界の一番北の果て、虚無の風が吹き荒れる【黒凍の極地】。そこに広がる『世界の割れ目』こそが、常闇の王の封印の地であり、奴の本拠地だ」
頼真は立ち上がると、文机の引き出しから一振りの古い符術の巻物を取り出し、燈真へと手渡した。
「燈真。おまえたちが敗北を乗り越え、コノハ様や汐恩殿と心を通わせ、真の連携を会得したことは、おまえの成長した気配を見れば分かる。・・・皇家当主としてではなく、父として誇りに思うぞ」
「・・・父上・・・!」
「黒凍の極地は、並の防寒や陰術では身を削られる極寒と闇の地だ。この巻物に記された『破邪の護身陣』を体得して行きなさい。それが、私からおまえたちに授けられる最後の助言だ」
厳格だった父親が見せた、温かく力強い励まし。
燈真の目に、うっすらと決意の涙が浮かんだ。
♢
屋敷の縁側で、夜風に当たりながらお茶をすする汐恩。
そこへ燈真とコノハが歩み寄ってきた。
「汐恩、お待たせ。父上からの助言で、次に行くべき場所と対策がはっきりしたよ」
「うん。・・・なんだか、すごいことになっちゃったね。二つの世界を救うなんて、私みたいな普通の女子高生には荷が重すぎる気もするけど」
汐恩はふっと苦笑いを浮かべたが、その瞳には全く迷いはなかった。
一度敗北を知り、挫折の痛みを知り、仲間と共に立ち上がった今の自分なら、どんな邪神が相手だろうと怯むことはない。
『何を言うか汐恩! おぬしはただの女子高生ではないぞ! 妾と燈真が認めた、最強の鬼であり、相棒じゃ!』
コノハがポンと胸を叩き、燈真も温かく頷く。
「そうだな。僕たちが一緒なら、どんな闇だって払ってみせるさ」
「ふふ、二人ともありがとう。・・・よし! 黒凍の極地へ行って、残りの破片も手に入れて、その常闇の王ってやつを一刀両断してやろうじゃない!」
夜空に浮かぶ月を見上げながら、汐恩は愛刀の柄をぎゅっと握り締めた。
父親からの助言と温かい励ましを受け、自らの使命を再確認した三人。
最後の破片が眠る、そして真の決戦が待ち受ける【黒凍の極地】を目指し、彼らの物語はいよいよ最終局面へと足を踏み出すのだった。




