第二十六話 暗雲払う誓いと、断崖の魔城です
特訓を終えた三人は、コノハの神導きと燈真の追跡術を頼りに、世界の果てと呼ばれる険しい山脈を越えていた。
かつてないほど清々しい風が吹き抜ける中、汐恩の足取りには微かな迷いすら残っていない。
「ねぇ燈真、黒衣の奴、ずいぶんと悪趣味な場所に引きこもってるんだね」
汐恩は防寒具の裾をたなびかせながら、眼下に広がる広大な黒い谷を見下ろした。
そこにそびえ立っていたのは、不気味な紫色の雷雲に包まれた漆黒の巨城――【常闇の魔宮】である。
「あぁ。手に入れた破片の力を使い、急ピッチで結界を貼り直しているようだな。・・・でも、今の僕たちなら突破できる」
燈真は静かに符を握り締め、力強く頷いた。
その横で、神気を取り戻したコノハが誇らしげに九尾の尾を揺らす。
『ふふん! どんな結界があろうと、妾の増した神術と汐恩の一撃をもってすれば紙切れ同然じゃ! あの黒衣の狐め・・・いや、黒衣の奴め! 今度こそギャフンと言わせてやるからのう!』
「コノハ様、途中から狐じゃなくなってるよ。・・・まぁいいや、行こっか!」
汐恩は口角をキュッと上げ、愛刀の柄にそっと手を添えた。
♢
魔宮の正門前に降り立った瞬間、不気味な笑い声とともに、無数の黒い影が地面から湧き出してきた。
黒衣の人物が操る陰術の精鋭――漆黒の甲冑を身に纏った妖魔の群れである。
『イヒヒヒッ・・・! 愚かな人間どもめ、よくもまあ生きてここまで辿り着いたものだ! 主様の結界を破れると思うなよ!』
群がる敵を前にしても、汐恩の表情には一切の動揺もなかった。
かつてのようにただ一人で突っ込むのではなく、隣に並ぶ燈真とコノハへと視線を送る。
「燈真、コノハ様。露払い、お願いできる?」
「任せてくれ! ――『急々如律令! 破術の風輪符!』」
『妾の術も喰らうがよい! 【桜花・千重波】っ!』
燈真の放った符が旋風の刃となって敵の結界を切り裂き、そこへコノハの圧倒的な桜色の神気が襲いかかる。
二人の完璧な連携によって、敵の陣形が一瞬で崩れ去った。
その瞬間に切り開かれた一本の「道」。
汐恩の足元から爆発的な紫の雷光が弾け飛ぶ。
「手助け感謝! ――そこをどきなさいっ!」
シュバッ!! と空気が鳴る。
極限まで無駄を削ぎ落とした汐恩の踏み込み。かつてのような力任せの破壊力ではなく、研ぎ澄まされた刃のようにしなやかで神速の一閃が駆け抜ける。
「――【鬼哭・紫電一文字】っ!!」
一瞬のうちに数体の甲冑兵が一刀両断され、黒い霧となって消滅していった。
「すごい・・・ 特訓前より遥かに動きが無駄なくなっている・・・!」
燈真が息を呑む。
敗北を知り、自らの技を見つめ直した汐恩の強さは、チート能力に頼っていた頃とは比べものにならないほど強固で美しいものへと進化していた。
「ふぅ・・・サッパリした。やっぱり仲間がいると、戦いやすいね」
汐恩は刀をサッと振り払い、二人に振り返ってニッと笑ってみせた。
♢
重々しい大門を突き破り、魔宮の最奥にある【謁見の間】へと足を踏み入れた三人。
高くそびえる天井からは禍々しい闇の気が渦巻き、その中央の玉座には、あの漆黒の衣を纏った人物が静かに腰掛けていた。
その手には、奪われた5つ目の破片を含め、これまで集められた『界渡りの鏡の破片』が不気味な紫の光を放っている。
「・・・ほぅ。まさか一度敗れた者が、再びこの地に足を踏み入れるとはな。恐怖を知らぬ愚か者どもめ」
仮面の奥から発せられる、冷徹で蔑むような声。
しかし、汐恩はその言葉を飄々とした態度で受け流した。
「恐怖なら、ちゃんと教えてもらったよ。おかげでさ・・・自分がどれだけ甘かったか、よ~く分かった」
汐恩はゆっくりと歩みを進め、黒衣の人物と対峙した。
「一度負けたからって、二度目も負けるとは限らないでしょ? 私たちはあの日から、もっと強くなったんだから」
「強くなった、だと? 異世界の力など、我が闇の術の前にはすべて無力。何度来ようと結果は変わらん」
黒衣の人物が立ち上がり、漆黒の小刀を掲げると、謁見の間全体が激しい衝撃波と闇の妖気に包み込まれた。
だが、今の汐恩たちには、その圧迫感も恐れるに足りない。
「燈真、コノハ様。・・・いっちょ、決着つけに行こうか!」
「ああ! 今度こそ、破片を取り戻す!」
『うむ! 妾たちの絆の力、思い知るがよい!』
汐恩の刀身に凝縮された紫雷が放電し、燈真の符が光を放ち、コノハの神気が舞い散る。
過去の敗北を乗り越えた少女と仲間たちが、ついに黒幕との決戦へと挑むのだった。




