第二十四話 雨の不快感と、刀を握り直すことを誓います
古代遺跡を後にした一行は、荒野の端にひっそりと佇む小さな廃屋で雨宿りをしていた。
ポツポツとトタン屋根を叩く雨音が、重く苦しい静寂をより際立たせている。
部屋の隅で膝を抱え、汐恩はじっと自分の手のひらを見つめていた。
かつてないほど指先が冷たく、かすかに震えている。
(・・・なんで・・・?)
胸の奥で、ドクンドクンと不快な鼓動が波打つ。
あの黒衣の人物に放たれた一撃の感触、叩きつけられた痛みが、未だに皮膚の表面にこびりついて離れない。
これまでどんな強敵も一刀両断してきた自分。自分は強い、負けるはずがない――そう思っていた自尊心が脆くも砕け散り、残ったのは生々しい『敗北の恐怖』だった。
「・・・汐恩、薬湯を淹れたよ。少し飲んで落ち着くといい」
燈真が静かな歩調で歩み寄り、湯気の立つお椀をそっと脇に置いた。
しかし、汐恩は視線を落としたまま、乾いた声で呟く。
「・・・ごめんね、燈真。破片、回収できなかった」
「謝る必要なんてないさ。生きていてくれた、それだけで十分だ」
「でも・・・! 私、全然ダメだった・・・!」
汐恩は膝に顔をうずめ、絞り出すように言葉を吐き出した。
「私の技が・・・【迅雷・一文字】が、簡単に止められたの・・・。あの時、私、本当に怖くて・・・身体が動かなくなっちゃってさ・・・。強い気になってただけだったんだよ。小さい頃から厳しい鍛錬して、チートみたいな力をつけて、調子に乗ってただけ・・・」
震える背中。絶対の強者として振る舞っていた彼女が見せた、あまりにも脆く等身大の弱音。
その時、汐恩の膝の上に、フワリと温かい毛並みの感触が伝わってきた。
『何を泣き言を言っておるか、バカ者』
コノハが汐恩の膝に飛び乗り、額を汐恩の手にぐりぐりと押し付けた。
『たった一度負けただけで、何を気取っておるのじゃ。最初から一度も負けぬ者などおらん。妾だって、土地神と呼ばれながら神社をボロボロにされて本来の力を失っておる!』
「コノハ様・・・」
『汐恩は強い。それは最初から変わらん。じゃがな、一人で全部抱え込もうとするでない。おまえには妾も、燈真もおるのじゃぞ?』
燈真も優しく微笑みながら、汐恩の目線に合わせて腰を下ろした。
「コノハ様の言う通りだ、汐恩。君が圧倒的な力で僕たちを護ってくれたように、今度は僕たちが君を支える。戦うのは君一人じゃないんだ」
雨音だけが響く小さな部屋。
燈真の温かな言葉と、コノハのぬくもりが、凍りついていた汐恩の心にじわじわと染み渡っていく。
(一人じゃない・・・。私、守られてもいいんだ・・・)
一人で完璧でいなければいけないと思い込んでいた重圧が、ふっと軽くなるのを感じた。
それと同時に、胸の奥底で燻っていた小さな火種が、カッと熱く燃え上がり始める。
負けたまま終わるなんて、私の性に合わない。
自分の弱さを知った。恐怖も知った。
――なら、それを超えるくらい強くなればいいだけの話だ。
汐恩は深く息を吐き出すと、袖で乱暴に目元を拭い、サッと立ち上がった。
その瞳には、すでに迷いや恐怖の影は消え去り、かつてないほど強靭な光が宿っていた。
「・・・二人とも、ありがとう。私、もう大丈夫」
床に置かれていた愛刀を引き寄せ、力強くその柄を握り締める。
「自分の甘さがよく分かったよ。力に頼るんじゃなくて、自分の技と心を、もっと磨かなきゃダメだ」
汐恩は燈真とコノハをしっかりと見つめ返した。
「燈真、コノハ様。私と・・・刀の鍛錬に付き合ってほしい。今のままじゃ絶対にあの黒衣には勝てない。・・・もっと強く、誰にも負けないくらい強くなりたい!」
その誓いの言葉に、燈真は頼もしそうに大きく頷き、コノハはニシシと満足そうに八重歯を覗かせた。
「もちろんだ。僕の持てる陰術の知識、すべてを使って君の稽古に付き合うよ」
『うむ! 妾の妖術で、極限までしごいてやるからのう! 覚悟しておけよ、汐恩!』
「ふふ、望むところだよ」
汐恩は口角をキュッと上げ、どこか晴れやかな笑顔を見せた。
雨はいつの間にか上がり、雲の隙間から眩しい日光が差し込み始めていた。
敗北を知り、自らの弱さと向き合った少女は、仲間と共にさらなる高みを目指して――新たな強さを得るための鍛錬の一歩を踏み出すのであった。




