第二十三話 闇の刃と、初めて味わう敗北です
古代遺跡の最奥部――【太陽の祭壇】。
頭上に開いた巨大な吹き抜けから冷ややかな月光が差し込み、中央に鎮座する祭壇を淡く照らし出していた。
その台座の上に、まばゆい光を放つ五つ目の『界渡りの鏡の破片』が浮かんでいる。
「あった・・・! 五つ目の破片だ!」
燈真が声を弾ませ、破片へと駆け寄ろうとしたその時――。
「――そこまでだ、異世界の客人たちよ」
祭壇の影から、ぬっと姿を現したのは、頭からつま先まで隙間なく漆黒の衣を纏った人物だった。
顔は不気味な無地の仮面で覆われ、男とも女とも、あるいは人間ともつかない浮世離れした雰囲気を漂わせている。
「おまえが・・・道中で罠を仕掛けていた黒幕か!」
燈真が即座に刀を抜き、コノハも毛を逆立てて威嚇する。
しかし、黒衣の人物は一切の動揺も見せず、冷ややかな声で呟いた。
「『界渡りの鏡』の復元は、我が主の悲願を阻むもの。これ以上の破片の収集は、ここで断ち切らせてもらう」
放たれる異様な重圧と濃密な闇の妖気。
だが、汐恩は肩をすくめ、サッと刀を抜き放つと、いつもの飄々とした笑みを浮かべた。
「ふ~ん・・・わざわざ姿を現してくれたんだ。コソコソ逃げ回られるより手っ取り早くて助かるよ」
「汐恩、気をつけろ! こいつの妖気は、今までの奴らとは桁が違う・・・!」
「大丈夫だって。誰が相手だろうと、私の邪魔をするなら一刀両断するだけだし」
汐恩は深く腰を落とし、一瞬で間合いを詰めた。
これまでの数多の強力な物怪を一撃で打ち破ってきた、絶対の自信と圧倒的な神速。
「――【迅雷・一文字】っ!」
ドオンッ!! と空気が爆ぜ、光速の紫雷が空間を切り裂く。
完璧な踏み込み、完璧な一撃。これまでの敵なら、間違いなくこの瞬間に両断されていたはずだった。
しかし――。
キンッ・・・!!
耳を刺す高い金属音が祭壇に響き渡った。
「・・・え・・・!?」
汐恩の目が見開かれる。
光速で放たれたはずの彼女の一閃は、黒衣の人物が差し出した【漆黒の小刀】一本によって、容易く受け止められていたのだ。
「甘いな。異世界の剣技など、我が闇の術式の前には戯言に等しい」
黒衣の人物が手に持った小刀を軽く捻ると、汐恩の刀身を覆っていた紫の雷光が、まるで吸い込まれるように黒いモヤへと消えていく。
「なっ・・・!? 私の雷を・・・消した・・・!?」
「・・・ここで果てるといい」
黒衣の人物の瞳が仮面の奥で妖しく光り、掌から絶大な衝撃波が解き放たれた。
ドガァァァンッ!!
「きゃああああっ!?」
激しい衝撃とともに、汐恩の華奢な身体が弾き飛ばされ、分厚い石柱へと激しく打ちつけられた。
「汐恩っ!?」
『汐恩ーっ!!』
泥に塗れ、ガラガラと崩れ落ちる瓦礫の中に倒れ込む汐恩。
胸を強く打ちつけ、呼吸が上手くできない。手が痺れ、刀を握る指先がガタガタと震えている。
(嘘・・・でしょ・・・? 私の一撃が・・・受け止められた・・・? 負けた・・・の・・・?)
頭の中が真っ白になる。
これまでどんな異世界の怪物も、どんな強力な術も、その圧倒的なチート能力で一瞬にして叩き斬ってきた。自分は絶対に負けない、最強の存在なのだと、心のどこかで信じて疑わなかった。
その絶対の自信が、脆くも音を立てて崩れ去っていく。
身体の痛み以上に、胸の奥を刺す猛烈な恐怖とショックが、汐恩の思考を麻痺させていた。
「終わりだ」
黒衣の人物が冷酷に小刀を掲げ、動けない汐恩へと追撃を放とうと迫る。
「させるかぁっ! 『急々如律令! 爆炎の符!』」
『【狐火・大連鎖】っ!』
燈真とコノハが必死の覚悟で放った炎の嵐が、黒衣の人物と汐恩の間を遮った。
「チッ・・・邪魔が入ったか」
黒衣の人物は眉ひとつ動かさず、祭壇の上の5つ目の破片を素早く奪い取ると、漆黒の煙となって姿を消した。
「今は退くが・・・破片はすべて我が主のもとへ集う。・・・身の程を知るがいい、異世界の剣士よ」
冷たい捨て台詞だけが、静まり返った祭壇に虚しく響き渡る。
「汐恩! 汐恩、しっかりしろ!」
燈真が駆け寄り、倒れた汐恩の体を抱き起こす。
『汐恩! 大丈夫か!? 息はあるか!?』
コノハが心配そうに頬を寄せてくるが、汐恩の瞳には光がなく、ただ呆然と自分の震える手を見つめているだけだった。
(負けた・・・。私の刃が、届かなかった・・・)
五つ目の破片は奪われ、圧倒的な無敗の伝説は潰えた。
冷たい月光が照らす古代遺跡の中で、初めて味わう敗北のショックに、汐恩はただ静かに打ちのめされていたのだった。




