第二十一話 海の幸と式神の報せ、そしてお次はゴーレムたちがいる古代遺跡です
生温かい湿気が嘘のように吹き飛び、青く澄み渡る空が広がる港町——【海鳴り港】。
潮の香りが心地よく吹き抜ける街道には、獲れたての魚介類を並べる威勢の良い魚屋の声と、活気に満ちた旅人たちの足音が賑やかに響き渡っていた。
『うわぁ・・・見ろ汐恩! 美味しそうな魚がいっぱい並んでおるぞ!』
「ん~、やっぱり海辺の街は良いねぇ。樹海の泥臭い空気から一転して、食欲がそそられる匂いしかしない」
汐恩は防寒具を脱いで軽装になり、長身を優雅に伸ばしながら露店を眺めた。
その肩の上では、コノハがすでに鼻をピクピクとさせて涎を垂らしかけている。
『汐恩よ! あの真っ赤な海老の焼き物と、大きな貝の蒸し焼きを食すのじゃ! 妾の鼻が「これは絶品である」と告げておるぞ!』
「はいはい、わかったから肩の上で暴れないの。せっかくの美味しいご飯前なんだから」
呆れつつも汐恩の口元には緩やかな笑みが浮かんでいた。
過酷な雪山と湿度の高い樹海を立て続けに突破してきただけに、この港町の開けた解放感と美味しい料理は、何よりの薬である。
「二人とも、まずは宿を確保してからにしよう。情報収集も兼ねて、街一番の評判の旅籠を取ってあるんだ」
苦笑いを浮かべる燈真に導かれ、三人は海を一望できるテラス席のある高級宿へと足を踏み入れた。
♢
案内された一等客室のテーブルには、これでもかとばかりに新鮮な海の幸がずらりと並べられた。
名物の大盛り海鮮丼、香ばしく焼き上げられた巨大な烏賊の姿焼き、濃厚な出汁の効いた蟹汁。
「「「いただきます」」」
手を合わせるやいなや、汐恩の手が素早く動き出す。
「・・・ん! この海鮮丼、身がぷりっぷりで最高なんだけど。醤油もちょっと甘めで美味しい」
『美味い! 美味いぞ汐恩! この焼き貝の汁、最高に妖力が染み渡るのじゃ〜!』
「コノハ様、お行儀が悪いです・・・って、汐恩!? 僕の分の刺身まで手をつけてないか!?」
「え? 早い者勝ちでしょ? ぼーっとしてる燈真が悪い〜」
「くっ・・・相変わらずそういう時だけ動きが光速なんだから・・・」
燈真が頭を抱え、汐恩は飄々とした顔でマグロのトロを口に放り込む。
バトルの緊張感から解放された、平和でコミカルな時間が流れていた。
お腹がいっぱいになり、汐恩が満足そうに温かいお茶をすすっていたその時——。
パサリ。
窓から一羽の真っ白な『折り紙の鳩』がひらりと舞い込み、燈真の手に着地した。
「これは・・・皇家の式神か。本家からの連絡だな」
燈真が符に霊力を込めると、折り紙がハラリと解け、柔らかな光の文字が空中に浮かび上がった。
『――コノハ様、ならびに燈真様。吉報にございます。皇家の陰陽師総出にて進めております【稲荷の社】の再建作業、順調に進行中。本殿の柱が立ち上がり、御神体の鎮座する準備が整いつつあります――』
『おおぉ・・・! 妾の神社が・・・! 本当か!?』
式神の報告を聞いたコノハは、ふさふさの尾をぶんぶんと振り回して大興奮!
汐恩の膝の上でぴょんぴょんと跳ね回っている。
『嬉しいのう、嬉しいのう汐恩! 妾の家が新築になっておるぞ!』
「良かったねコノハ様。帰ったらピカピカのお社で、毎日美味しい油揚げを食べまくれるじゃん」
『うむ! 汐恩のことも特別に境内に住まわせてやるからのう!』
「あ、私はフカフカのベッドがある現代の家がいいから遠慮しとく」
『ズコーッ!! そこは素直に喜ぶところじゃろ!?』
コノハのズッコケぶりに、燈真も思わず声を上げて笑ってしまった。
神社再建という明るいニュースは、過酷な旅を続ける一行の心を温かく包み込んでくれた。
♢
「さて・・・そろそろ本題に入ろうか」
燈真が表情を引き締め、懐から手持ちの破片を取り出した。
汐恩も同様に破片を並べると、先ほど手に入れた四つ目の破片が吸い寄せられるようにカチリと結合した。
カァァァッ・・・!
まばゆい光が客室を満たす。
半数以上の形を取り戻した『界渡りの鏡』は、これまでとは比べものにならないほどの強い神気を放ち始めた。
「よし・・・コノハ様、五つ目の破片の場所を探ってもらえるか?」
『任せるのじゃ! 神社再建の報せで元気百倍の妾に、導けぬ場所などないわ!』
コノハが胸を張り、両前脚をかざして呪文を唱える。
『【稲荷のちいさな導き】っ!』
放たれた桜色の光の矢は、港町のさらに南――人里離れた荒野の地へと力強く一直線に伸びていった。
『・・・むむ? これは・・・古代の強い霊力と、固い石の気配・・・!』
「どこを示しているんだ?」
『南の荒野に眠る・・・古代の文明が遺した巨石建造物・・・【常盤の古代遺跡】じゃ!』
「古代遺跡か・・・」
燈真が顎に手を当て、記憶を掘り起こすように呟いた。
「噂に聞いたことがある。数千年前の古代人が神を祀るために建てたと言われる迷宮のような遺跡だ。強力な古代の仕掛けや、石像のゴーレムたちが今も動き続けているらしい」
「へぇ・・・次はダンジョン攻略ってわけね」
汐恩は短く息を吐くと、口角をニヤリと上げた。
雪山、樹海と続いて、今度は古代遺跡。
普通なら仕掛けや罠に警戒して頭を抱えるような場面だが、最強の女子高生・汐恩にとっては何の脅威でもない。
「石像だろうが古代の罠だろうが、一刀両断して進めば関係ないでしょ」
「いや汐恩、歴史的建造物をぶっ壊して進むのはやめてくれよ・・・?」
燈真が引きつった苦笑いを浮かべ、客室には再び和やかな笑い声が響いた。
美味しい海鮮と嬉しい報せで英気を養った一行。
五つ目の破片が眠る【常盤の古代遺跡】を目指し、汐恩たちの無双の旅は次なるステージへと向かっていくのだった。




