第二十話 神速の紫雷と、樹海に差す光が見えました
大樹の洞の内部に、異様な圧迫感と狂暴な妖気が渦巻いていた。
胸元に四つ目の『界渡りの鏡の破片』を埋め込んだ巨獣【樹海王・木霊】は、地鳴りのような咆哮を上げながら、太い蔓で形成された何本もの巨大な腕を振り下ろしてくる。
『ハハハッ! 主様の威光の前にひれ伏すのですわ!』
浮遊する刺客・翠が空中から毒々しい胞子と蔓の槍を大量に降らせ、汐恩たちの退路を塞ぎにかかる。
だが、汐恩の表情には焦りどころか、退屈さを吹き飛ばすような冷徹な笑みが浮かんでいた。
「燈真、コノハ様! あの鬱陶しい雑魚と蔓の弾幕、散らしてくれる?」
「任せておけ! ――『急々如律令! 破霊の風符!』」
燈真が瞬時に数枚の符を空中へと放つ。
旋風の刃が吹き荒れ、降ってくる毒胞子の群れを一瞬で巻き去っていく。さらに間髪入れず、コノハが前脚を強く突き出した。
『妾の術を喰らうがよい! 【狐火・千変万化】ッ!』
コノハの放った鮮やかな桜色の狐火が空中で無数の小さな火の玉に分裂し、空中を飛び回る翠と樹海王の蔓を一斉に包み込む。
『きゃああああっ!? なにこの火・・・消えない!?』
身を焼かれた翠が空中から落下し、樹海王の精密な連続攻撃の手数が一気に鈍る。
燈真とコノハの完璧な連携サポートによって、樹海王の眼前には一本のまっすぐな「道」が切り開かれた。
「二人ともナイス。・・・それじゃ、一撃で終わらせてもらうよ」
汐恩は深く腰を落とし、鯉口を切った。
刀身から爆発的な紫の雷光が弾け飛び、激しい放電の音が大樹の洞に響き渡る。空気そのものがビリビリと震え、彼女の周囲の空間が歪むほどの超高密度の霊力が収束していく。
『グ・・・ガァァァッ!?』
危険を察知した樹海王が、全身の蔓を集結させて分厚い樹木の盾を築き上げようとする。だが——汐恩の神速の前では、そんな防御など意味をなさなかった。
「――【迅雷・一文字】っ!」
ドオンッ!! と空気が爆ぜる音。
汐恩の姿が視界から完全に消え去った。
残像すら残さぬ光速の踏み込み。
次の瞬間には、汐恩は樹海王の巨躯の背後に着地し、静かに刀を鞘へと納めていた。
遅れて、一筋の直線状に走る紫の雷光が空間を切り裂く。
ガシャアアアンッ!!
横一文字に綺麗に切断された樹海王の強固な神木装甲、そして巨体そのものが、雷撃の爆発と共に両断されて崩れ落ちた。
『バ・・・バカな・・・一瞬で、主様が・・・っ!?』
絶望の声をあげる刺客・翠の目の前で、樹海王は光の粒子となって霧散していく。
そして、その胸元に埋め込まれていた四つ目の『界渡りの鏡の破片』が、コロンと音を立ててぬかるんだ地面へと落ちた。
「ふぅ・・・サッパリした。やっぱり湿気のある場所での戦闘は長引かせるもんじゃないね」
汐恩は防寒具の襟元を少し緩め、サッと刀の刀身を鞘に納めた。
圧倒的なまでの神速の一閃。その無双の力に、崩れ落ちた翠はただただ恐怖に震えることしかできなかった。
「翠殿。君の主は倒れた。これ以上戦う意味はないはずだ」
燈真が静かに刀を収め、落ちていた四つ目の破片を拾い上げる。
『うむ! これで四つ目じゃな!』
燈真の手にある破片が、汐恩の持っていた3つの破片と共鳴し、まばゆいばかりの温かな神気を放ち始めた。
その聖なる光が大樹の洞から樹海全体へと広がっていく。
すると、あれほど一行を苦しめていた生温かくじめついた湿気が急速に引いていき、暗闇に包まれていた樹海に、巨木の隙間から神聖な太陽の光が差し込み始めた。
歪んでいた空間が正され、常闇の樹海は清らかな元の森へと浄化されていく。
「光が・・・森が、清められていく・・・」
光に包まれた翠は、毒気が抜けたように茫然と空を見上げた。
「・・・もう行きな。今度邪魔したら、次は本気で叩き斬るから」
汐恩がどこか飄々とした調子で言い放つと、翠は涙を浮かべながら深々と頭を下げ、森の奥へと走り去っていった。
「さて、汐恩、コノハ様。これでついに四つ目の破片が揃った」
拾い上げた破片を一つにまとめると、結晶は全体の過半数を超え、元の『界渡りの鏡』の形をハッキリと残すまでになっていた。
放たれる神気はますます強まり、元の世界への帰還の道筋がすぐそこまで迫っていることを物語っている。
「よしよし。これで半分以上は集まったわけだね。・・・じゃ、湿気も無くなったことだし、次の街で美味しいものでも食べに行こうか」
汐恩はパチッと指を鳴らし、どこまでもクールな笑顔を見せる。
鬱蒼とした樹海の試練を乗り越え、一行の異世界無双旅は、ついに物語の核心へと歩みを進めるのであった。




