第十九話 密林の罠と、樹海の主との対峙します
樹海の最奥に立ちそびれるのは、空を突くほどに巨大な古木――『大樹の洞』であった。
その太い幹にはポッカリと大きな空洞が穿たれており、内部からは異様なほど濃密な神気と、怪しい紫色の光が漏れ出している。
「着きましたわ、ここが皆様の目指す場所・・・『大樹の洞』です」
案内人の少女・翠が足を止め、ふわりと振り返って微笑んだ。
しかし、その翡翠色の瞳には、先ほどまでの無邪気さは消え失せ、冷ややかな色の光が宿っている。
「ふぅ・・・やっと着いた。湿気でべたつくし、早く終わらせてサッパリしたいね」
汐恩は肩を竦め、刀の柄に軽く手を置いた。
その横で、燈真が一歩前に踏み出し、静かながらも重々しい声で語りかける。
「翠殿・・・いや、樹海の刺客よ。そろそろその化けの皮を剥がしたらどうだ?」
「あら・・・? 何のことですの、燈真様?」
翠はすっと首をかしげて見せるが、燈真の鋭い視線はブレない。
「道中、僕が『黒衣の人物』について尋ねた時、君は即座に『この樹海の中では見ていない』と答えた。・・・僕はあの時『樹海の中』とは言っていないにもかかわらず、だ。君は最初から、その人物が樹海にいないことも、僕たちの目的も全て知った上で近づいてきたのだろう?」
室内に満ちる静寂。
沈黙の後、翠の口元が歪み、くすくすと低く愉しげな笑い声が漏れ出した。
「ふふ・・・あははっ! さすがは皇家の陰陽師様、鋭いですわね。・・・ええ、ご名答ですわ」
次の瞬間、翠の身体が緑の光の粒子となって弾け飛んだ。
光が収まったあとに立っていたのは、頭に蔓の角を生やし、禍々しい妖気を纏った妖狐の姿をした刺客であった。
『私はこの常闇の樹海を統べる主・・・【樹海王・木霊】様にお仕えする刺客。主の命により、おまえたちをここまで誘い込んで差し上げたのですよ』
『ぬぅっ・・・! やはり罠であったか!』
コノハが汐恩の肩の上で威嚇するように毛を逆立てる。
『おまえたちが探す四つ目の『界渡りの鏡の破片』は、主様がすでにその体内に取り込み、絶大な力を得ておられます。おまえたちの命もろとも、破片の力を我が主の糧としてくれましょう!』
翠が腕を掲げると、大樹の洞の奥から地鳴りのような咆哮が響き渡り、空間全体が激しく揺れ動いた。
『グオオオオオオオッ!!』
洞の深部から姿を現したのは、全身を強固な神木の装甲と毒々しい蔓で覆われた、見上げるような巨躯を誇る怪異――【樹海王・木霊】であった。その胸元には、輝く四つ目の『界渡りの鏡の破片』が埋め込まれ、禍々しい紫の霊力を周囲へ撒き散らしている。
「なるほどねぇ・・・。破片を持ってるやつが親玉で、わざわざそこまで案内してくれたわけだ」
汐恩は不敵な笑みを浮かべ、サッと刀を抜き放った。
周囲を威圧する樹海王の凶暴な霊気や、翠の騙し討ちに対しても、彼女の心は微動だにしない。
「探す手間が省けたよ、ありがとね。・・・一気に片付けて破片をもらっていくから」
『増長するなよ、鬼が! 主様、奴らを叩き潰してくださいませ!』
翠の叫びに応ずるように、樹海王・木霊は巨大な木製の拳を振り上げ、地を砕くほどの勢いで汐恩たちへと叩きつけてきた。
「燈真、コノハ様! サポート頼むよ!」
「承知! 『急々如律令! 破邪の符!』」
『妾の妖力も使えーっ!』
燈真の放つ符が光の壁となって衝撃を和らげ、コノハの妖力が汐恩の足元を力強く押し上げる。
跳躍した汐恩は、空中を滑るように舞いながら、迫り来る大木の拳を間一髪で回避した。
「さぁて・・・樹海の主だか何だか知らないけど、私の邪魔をするなら容赦なく斬るだけだよ!」
汐恩の瞳に冷徹な光が宿り、刀身に紫の雷光と深紅の妖気が爆発的に立ち昇る。
刺客の罠を逆手に取り、ついに始まった樹海の主との最終決戦。汐恩の一撃が、鬱蒼とした暗闇を一瞬で切り裂いたのだった。




