第十五話 再生する獣を、土地神様と協力して倒します
翌朝。夜明かりと共に猛吹雪は幾分か収まったものの、極月山の山頂付近は息をするだけで肺が凍りつきそうな極寒に包まれていた。
視界が開けた先、そこは巨大な氷柱が乱立する広大な広場だった。
中心部には、怪しく蠢く紫と神聖な桜色の光を放つ『界渡りの鏡の破片』が、氷の祭壇の上に鎮座している。
「やはり待ち構えているぞ」
烏天が低く呟き、腰の錫杖を構える。
祭壇の周囲からは、霊脈から湧き出る大量の冷気が集まり、より一層巨大さを増した【氷獄獣】が地鳴りを立てて姿を現した。その体躯は昨日の倍近くまで膨れ上がり、全身の氷の外殻も強固に再構築されている。
『グオオオオオオオッ!!』
「よし、作戦通り行くぞ! 僕と烏天殿で東西南北に配置された三つの『鎮めの楔』に術を打ち込み、霊脈を叩く! 汐恩、頼んだぞ!」
「了解。さくっと片付けて温かい場所に移動したいし、思いっきり暴れさせてもらうよ」
汐恩は防寒具の袖をまくり上げると、刀を抜き放ち、飄々とした笑みを浮かべた。
「行くよ、化け物。・・・私を退屈にさせないでね?」
♢
汐恩が一蹴りで氷の地面を爆破するように踏み込み、巨体へ向かって肉薄する。
それに対し、氷獄獣は山をも打ち砕くほどの極大の氷柱を無数に生成し、弾幕のごとく汐恩へ放った。
「甘いよ」
汐恩は空中を舞うように身を交わし、一瞬で第一の氷柱群をすり抜ける。
しかし、氷獄獣は間髪入れず、巨大な鋭利な爪を横一文字に振り下ろしてきた。猛烈な冷気の波が押し寄せ、退路が完全に絶たれる。
(チッ・・・かわしきれない・・・!?)
逃げ場のない空中、一瞬のピンチ。その時、汐恩の肩からコノハが前脚を突き出した。
『ぬおおおっ!妾を舐めるなよ! 【御守・ひび割れ結界】っ!!』
パリンッ! という硬質で繊細な音が響き渡る。
コノハが絞り出した妖力によって、ガラス細工のように儚く透明な薄い防壁が汐恩の前面に展開された。
氷獄獣の凶悪な爪が直撃した瞬間、結界は蜘蛛の巣状にひびが入り、激しい衝撃と共に砕け散った――しかし、そのほんのコンマ数秒の猶予が、汐恩にとっては十分すぎる時間だった。
「ナイス、コノハ様!」
衝撃を殺し、体勢を立て直した汐恩の瞳に、鋭く冷徹な光が宿る。
刀身に紫の雷光と深紅の妖気が爆発的に立ち昇り、彼女の周囲に幻影の桜吹雪が狂い咲いた。
「――咲き狂え。【血桜・散華幽玄】ッ!」
次の瞬間、汐恩の姿が消えた。
いや、消えたのではない。視認不可能なほどの超高速移動と、舞い散る血のような桜の幻影によって、十数人の「汐恩」が同時に存在しているかのような錯覚を敵に与えているのだ。
『ガ・・・ッ!?』
残像を描く無数の斬撃。
右から、左から、上空から。一切の予備動作すら見せない光速の連続攻撃が、氷獄獣の全身を削り取っていく。
ゴツゴツとした強固な氷の外殻は、まるで熟した熟柿のように容易く細切れにされ、空中へと花びらのように舞い散った。
「はぁぁぁっ!!」
トドメの首打ちの一閃。
豪快な音を立てて氷獄獣の頭部が吹き飛び、巨体が崩れ落ちた。
『グ・・・オ・・・ッ!』
だが、切られたそばから足元の霊脈からドクドクと不気味な冷気が送り込まれ、肉体が再構築され始める。
「へぇ、本当にすぐに生えてくるんだね。・・・でも、何度来ても同じだから」
汐恩は刃についた氷の結晶をサッと振り払い、再び再生を始めた胴体を一蹴りで打ち砕く。
無双の圧倒的な立ち回りで、汐恩は一人で怪物の再生と攻撃を完全に抑え込んでみせた。
♢
「今だ! 燈真殿!」
「はいっ! 『急々如律令! 破霊の楔!』」
汐恩が稼いだ時間の中、燈真と烏天は山頂の三箇所に鎮座する『楔』へと辿り着いていた。
烏天が錫杖を突き立てて結界の基盤を揺さぶり、燈真が渾身の霊力を込めた呪符を楔へと叩き込む。
ドオンッ!!
山頂を震わせる地鳴りと共に、地表を流れていた紫色の霊脈の流れがピタリと止まった。
霊気の供給を断たれた氷獄獣は、再生しかけていた腕や頭部がガラガラと崩れ落ち、ただの動かない氷の塊へと変わっていく。
『グ……オ……オ……』
断末魔の叫びを残し、怪物は二度と動かなくなった。
「ふぅ・・・間一髪だったな。見事だ、汐恩、コノハ様!」
燈真が呼吸を整えながら駆け寄ってくる。
汐恩は刀を鞘へと納め、ふうと白い息を吐いた。
「疲れた〜。コノハ様、さっきの結界助かったよ。意外とやるじゃん」
『ふふん! 妾の底力を見たか! ・・・しかし、もう妖力が空っぽじゃ・・・肩の上で寝るぞ・・・』
コノハは汐恩の肩の上でへたり込み、そのままぐったりと目を閉じた。汐恩は苦笑しながらその頭を優しく撫でる。
烏天が祭壇へと歩み寄り、静かに鎮座していた破片をすくい上げた。
「これが君たちの探していたものだな。・・・山を狂わせ、怪物を蘇らせていた元凶だ」
烏天の手から渡されたのは、輝く三つ目の『界渡りの鏡の破片』。
汐恩がそれを受け取ると、懐にしまってあった既存の2つの破片と引き合わされ、まばゆい光が山頂を温かく包み込んだ。
「これで三つ目。よし、順調だね」
汐恩はどこか飄々とした笑みを浮かべ、北の空を見上げた。
「助けてくれてありがとう、烏天さん」
「礼を言うのはこちらだ、汐恩殿。君たちのおかげでこの山に再び平穏が戻った。・・・さあ、庵へ戻って、温かいものでも食べるとしよう」
極寒の試練を乗り越え、無事に三つ目の破片を手に入れた一行。
元の世界へ帰るための旅路は、着実にゴールへと近づいていたのだった。




