第十四話 山頂の庵で、何度でも蘇る獣について話し合いました
荒れ狂う猛吹雪を突き抜け、烏天に引き連れられて辿り着いたのは、険しい岩壁を背にして建つ小さな木造の庵だった。
重々しい木戸をくぐり、中に足を踏み入れると、外の狂暴な寒さが嘘のように和らぐ。
「・・・ふぅ。やっと人心地がついたよ。外は生きた心地がしなかったね」
汐恩は防寒具のボタンを外し、パサパサと肩に積もった雪を払い落とした。
囲炉裏にくべられた薪がパチパチと音を立てて燃え、暖かな橙色の光が室内を包み込んでいる。
『ひぃ〜〜、生き返るのじゃ〜〜! 囲炉裏の火って素晴らしいのう!』
コノハは真っ先に囲炉裏のそばへ駆け寄ると、文字通り丸くなって暖を取り始めた。その様子を、烏天は温かい茶を湯呑みに注ぎながら静かに見つめている。
「粗茶だが飲みなさい。・・・さて、仕切り直して話を聞こうか」
湯呑みを受け取った燈真が一口含み、ホッと吐息を漏らしてから口を開いた。
「改めまして感謝いたします、烏天殿。・・・先ほど、僕たちのことを『刺客ではないようだ』とおっしゃっていましたが、この山で何が起きているのですか?」
烏天は囲炉裏の火を見つめながら、重々しい口調で語り始めた。
「実は・・・数週間前にある人物が極月山に入ってきたのを確認したのだ。そこからここ数日で、この極月山の霊気が急速に狂い始めた。山を包む結界が歪み、不穏な空気が満ちていた。・・・そして今日、山全体を揺るがすほどの異様に強い霊力が解放されたのを感じてな。その波動を辿っていった先にいたのが、君たちだったというわけだ」
「強い霊力・・・。おそらく、僕たちが探している『界渡りの鏡の破片』が、山頂付近で共鳴し、活性化したためでしょうね。そのある人物というのは誰なのですか?」
「黒衣を纏っていて、性別は分からんが、禍々しい力が溢れ出ていたので只者ではないことは分かったんだが・・・霊気が狂い始めてから、姿を見ていないのだ」
「そうなると、『界渡りの鏡の破片』を山頂に置き、極月山を去ったということか・・・」
燈真が頷く。汐恩は囲炉裏の火に手をかざしながら、どこか他人事のように言葉を挟んだ。
「で? さっきの氷の妖・・・【氷獄獣】だっけ。あいつ、封印が破れて出てきたって言ってたよね」
汐恩の問いに、烏天は少し表情を曇らせ、ゆっくりと首を横に振った。
「あぁ・・・そのことなのだが、汐恩殿。君の見事な一閃で奴を粉砕したように見えただろうが・・・残念ながら、あれで完全に倒せたわけではない」
「え?」
汐恩が少しだけ眉をひそめる。
「氷獄獣は、古くからこの極月山の巨大な『霊脈』そのものと固く結びついている異形なのだ。元々肉体を持たぬ怨念の集合体のような存在でな。肉体を切り砕いたところで、山の冷気と霊脈の力を吸い上げ、何度でも再生してしまう」
「何度でも・・・!? じゃあ、さっき倒したのは一時しのぎに過ぎないと?」
燈真が驚愕の声をあげた。烏天は深々と頷く。
「そうだ。今頃は山頂付近の霊脈の溜まり場で、再び氷の外殻を再構築しているはずだ。君たちが『破片』を手に入れるために山頂へ向かうとなれば・・・確実に、さらに凶暴化した氷獄獣と再戦することになるだろう」
「う~ん・・・それは面倒くさいね」
汐恩は腕を組み、小さく息を吐いた。
圧倒的なパワーで一撃で粉砕できるとしても、斬っても斬っても無限に湧き出てくるとなると話は別だ。いくらチートな身体能力を持つ汐恩でも、永久機関のような相手と不毛なスタミナ戦を繰り広げるのは酷く骨が折れる。
『むむむ・・・物理で倒せぬのなら、やはり昔のように【封印】するしかないのではないか?』
コノハが囲炉裏の端から顔を上げ、耳をぴんと立てて提案した。
「封印か・・・。だがコノハ様、昔ほど強力な大結界を瞬時に展開するのは今の僕たちには難しい。それに、戦闘中に封印の儀式を行うとなれば、膨大な時間と隙が生じる」
燈真が頭を抱える。烏天も難しい顔で腕を組んだ。
「その通りだ。本来、氷獄獣の封印には三人の強力な術者が数時間かけて大陣を敷く必要があった。・・・だが、完全に倒せなくとも『霊脈からのエネルギー供給を一時的に遮断し、動きを完全に停止させる』ことなら、方法がないわけではない」
「本当!?」
汐恩が身を乗り出す。烏天は懐から一枚の古びた羊皮紙の図面を取り出し、畳の上に広げた。
「この山頂には、霊脈の起点となる三つの『鎮めの楔』が存在する。その楔に特別な術式を打ち込み、霊脈の流れを一時的に逆流させれば、氷獄獣は核を維持できなくなり、数時間はただの氷の塊と化すはずだ」
「なるほど・・・! その数時間の隙に、山頂にある『界渡りの鏡の破片』を回収すればいいわけですね!」
「あぁ。だが問題は・・・氷獄獣の猛攻を凌ぎながら、誰かがその三つの楔に術を打ち込まねばならんということだ」
室内に、束の間のみじかい沈黙が流れた。
過酷な環境での死闘、そして再生し続ける怪物との戦い。条件は決して甘くない。
だが、汐恩の唇には、どこか冷徹で不敵な笑みが浮かんでいた。
「ふ~ん・・・要するに、私があの化け物を引きつけて、ドカンと殴り倒し続けてる間に、燈真と烏天さんが仕掛けを動かせばいいんでしょ?」
「汐恩・・・君一人に任せるわけには――」
「大丈夫だって。一回斬ってダメなら、十回でも百回でも粉々に打ち砕いて足止めしてあげるよ。・・・私を誰だと思ってるの?」
そう言い放つ汐恩の瞳には、一切の揺らぎもなかった。
どんな理不尽な怪物であろうと、力ずくでねじ伏せてみせるという圧倒的な自負。その頼もしさに、燈真と烏天は思わず息をのんだ。
「・・・フッ、頼もしい娘だ。気に入ったぞ、汐恩殿」
烏天は力強く笑うと、立ち上がって漆黒の羽織を羽織り直した。
「夜が明ければ吹雪も少しは落ち着くはずだ。明朝、山頂へ向かい、氷獄獣の足止めと霊脈の遮断作戦を実行する!」
「了解。じゃあ、今のうちにしっかり寝ておこうかな」
汐恩は大きくあくびをすると、囲炉裏のそばにゴロンと横になった。
決戦を明日に控えながらも、どこまでも飄々としたその姿に、燈真は苦笑しつつも静かに覚悟を決めるのだった。




