第十一話 裏社会の館に乗り込んだら、隠密術と合体技が炸裂しました
賑やかな提灯の明かりが遠のき、静まり返った遊郭街の最奥。
重々しい門構えを誇る漆黒の屋敷が、夜の闇にひっそりと佇んでいた。ここが市中に呪いの石をばら撒いている張本人、黒鵺の居館である。
「ここが黒鵺の館か・・・。独特の禍々しい霊気が漂っているな」
燈真が低く呟き、腰の刀の柄に手をかける。門前には武装した見張りや、妖気を纏った不気味な使い魔たちが目を光らせていた。
「正面から突撃するのもいいけど、まずは中に侵入しないとね。ねえコノハ様、あれ使えない?」
『ふふん、任せるのじゃ! ただの白狐と侮るなかれ、妾の隠密術を見せてやるぞ!』
汐恩の肩の上で、コノハが小さな前脚を組んで胸を張った。
コノハが短い呪文を唱えると、ぽっと淡い桜色の光が三人を包み込む。
『・・・姿を消し、気配を断て・・・【神隠し・お隠れ】っ!』
次の瞬間、汐恩たちの姿がまるで空間に溶け込むようにふっと消え去った。
ほんの数秒間だけ自分たちの存在を周囲の景色と同化させる、土地神ならではの欺きの術である。
「今のうちに走るよ!」
汐恩たちは気配を殺したまま、見張りの目の前を風のように駆け抜けた。
見張りの男たちが「ん? 風か・・・?」と首をかしげている間に、三人は見事、屋敷の中庭へと忍び込むことに成功したのだった。
「ナイス、コノハ様! 助かったよ」
『ふぅ・・・やはり短時間しか持たぬが、役に立ったじゃろ?』
「あぁ、見事な腕前だ。よし、このまま奥の宝物庫へ向かおう」
♢
屋敷の最奥にある重厚な扉を押し開けると、そこは怪しげな古美術品や呪具が所狭しと並べられた大部屋だった。
部屋の中央、豪華な椅子に深々と腰掛けた男が、冷ややかな笑みを浮かべて三人を出迎える。
「ほう・・・ねずみどもが迷い込んできたかと思えば、皇家の若き陰陽師と・・・妙な気配を纏う娘・・・鬼か」
黒い羽織を羽織り、扇子を優雅に弄ぶ男。彼こそが裏社会を牛耳る情報屋、黒鵺であった。
その手元には、怪しい紫色の光を放つ大きな結晶――『界渡りの鏡の破片』が鎮座している。
「あんたが黒鵺?その紫の石、街の人たちの生気を吸い取って迷惑してるから、返してもらうよ!」
汐恩がビシッと指をさすと、黒鵺はクックックと低く笑った。
「返す? ハッ、笑わせるな。この『界渡りの鏡』の力を使えば、いくらでも人間どもから生気を吸い上げ、極上の呪具を作り出せるのだ。貴様らごときに渡すわけがなかろう」
「問答無用というわけか・・・! 汐恩、来るぞ!」
黒鵺が扇子をひと振りすると、部屋の影が一斉に蠢き、巨大な黒い影の獣たちが何頭も爪を立てて飛び出してきた。
「邪魔する奴は・・・ぶっ飛ばす!」
汐恩は一瞬で間合いを詰めると、抜刀の勢いのまま影の獣を縦一文字に切り裂いた。
しかし、切られた影はすぐさま蠢き、何事もなかったかのように再生してしまう。
『グハハ! 無駄だ! 私の影獣は実体を持たぬ! 物理の斬撃など通じ――』
「物理が効かないなら、術で縛って切り伏せるまでだ!」
燈真が素早く懐から複数の呪符を取り出し、宙へと踊らせた。
「行くぞ汐恩、合わせるんだ!」
「了解!」
燈真の手印に合わせて、呪符が青白い炎となって燃え上がる。
「『急々如律令! 縛の縄! 五行連鎖!』」
解き放たれた光の縄が、縦横無尽に部屋中を駆け巡り、再生しかけていた影獣たちと黒鵺の足をガチッと力強く縛り上げた。
『ぬ・・・なにっ!? 体が固まって動きが・・・!?』
「今だ、汐恩!」
「一気に決めるよ! ――【陰陽鬼斬・封鎖一閃】っ!!」
燈真の結界術によって逃げ場を完全に塞がれた黒鵺へ向け、汐恩が深く踏み込んだ。
刀身に紫の雷光と凄まじい妖気が宿り、空間そのものが静電気でバチバチと鳴り響く。
光速の踏み込みから繰り出された一閃は、残像すら残さぬ速さで黒鵺の影獣たちをまとめて吹き飛ばし、黒鵺の胸元を深く切り裂いた。
『グッ・・・ガハッ・・・!? 馬鹿な・・・この私が・・・このような娘たちに・・・!』
圧倒的な威力に耐えきれず、黒鵺は背後の壁ごと激突し、その場に崩れ落ちた。
彼が握りしめていた紫色の結晶が手元から滑り落ち、カランと虚しい音を立てて汐恩の足元へと転がってくる。
「ふぅ・・・一件落着、かな?」
汐恩がサッと刀を鞘に納めると、燈真が安堵のため息をつきながら結晶を拾い上げた。
「見事な連携だったな、汐恩。・・・よし、これが『界渡りの鏡の破片』だ。黒鵺の妖気が祓われたことで、元の神聖な光を取り戻しつつある」
『うむ! これで街の結界も元通りになり、寝込んでいた者たちも回復するはずじゃ!』
コノハが嬉しそうに尻尾を振る。
倒れた黒鵺を見下ろすと、彼は虫の息になりながらも、怨嗟のこもった声で呟いた。
『・・・くく・・・喜ぶのは早いぞ・・・。鏡の破片を集めているのは・・・私だけではない・・・。あのお方・・・『黒幕』の計画は・・・すでに動き出している・・・』
「あのお方だと・・・!? 黒幕とは一体誰のことだ!」
燈真が詰め寄るが、黒鵺はそのまま意識を失い、問いに答えることはなかった。
「黒幕、か・・・。やっぱり裏で全部糸を引いてるヤツがいるんだね」
汐恩は拾い上げた鏡の破片をキュッと握りしめ、強い眼差しで前を見据えた。
「でも、どれだけ強い奴が出てきても関係ない。 破片を全部集めて、絶対に元の世界に帰ってみせる」
「あぁ、僕も最後まで付き合うよ。まずはこの破片を皇家へ持ち帰り、次の目的地を探すとしよう」
無事に二つ目の『界渡りの鏡の破片』を手に入れた汐恩たち。
怪しい影が蠢く陽炎界で、一行の「元の世界へ帰るための冒険」は、さらに熱く、激しさを増していくのだった。




