お嬢様!それはライブハウスでは厳禁です!暴走機関車を全力で止める航!
下北沢の駅で瑠璃と待ち合わせる。
日が傾いた街には、個性的な古着を着こなす人たち、派手な髪色で闊歩する女の子。ギターを担いだロングヘアの男性。
下北沢特有の熱気とアンダーグラウンド感が漂っている。
銀色の車体がホームに滑り込んだ。ブァっと鉄の焦げた匂いを包んだ風が吹き込む。
キキィ!車輪と線路の軋む音がホームに響き渡る。
プシュー。ドアが開く。航は今日は入り口に立たない。
少し離れた所で待つ。
瑠璃は航を見つけると手を大きくブンブン振って
「航!お待たせ!」
現れた瑠璃を見て航は頭を抱えた。
瑠璃は、トップスはレースの付いた眩しいくらいの純白なブラウス。ボトムスは濃紺のフレアスカート。靴はかわいいハートのアクセが付いたベージュのパンプス。髪は綺麗に赤いリボンで結び、耳には小ぶりなイヤリングを着けている。
デートなら最高だ。こんなにかわいい女の子の隣を歩けるなんて、生まれてきたことを神に感謝するレベルだ。
しかし、今日、航と瑠璃が向かうのは【ライブハウス】。瑠璃のファッションが浮くどころか、すべてがマナー違反だ。
瑠璃は既にテンションが上がっている。
「航!ライブハウスはどこ!?」
航は一呼吸置いて
「瑠璃、ちょっと落ち着こうか。瑠璃のファッションでライブハウス、しかもメタルバンドのライブはまずい。そのカッコだと服がベリベリになるかもしれないし、イヤリングやパンプスは他人を怪我させたり、失くしたりするからさ」
瑠璃はむくれて「じゃあ、帰れって言うの?」
恨めしそうに白く細い手首に巻き付けた、シルバーメイデンのリストバンドを航に見せた。
航は「前列~中列はムリだけど最後尾に椅子があるから、そこなら迷惑かけないし、瑠璃の安全も確保できるから」
「つまんなーい」と言う瑠璃を「まあまあ」と落ち着かせる航。
ライブハウスに来た。
瑠璃と航の番号が呼ばれた。
「瑠璃、あそこの人にスマホの画面見せて」と航は教えた。
瑠璃はスタッフに印籠を見せつけるようにスマホの画面を見せた。
航は瑠璃のスマホの画面が偶然、視界に入った。
液晶画面がバリバリに割れている。
「あの、瑠璃。そのスマホどうしたの?」
「これ?単に高いとこから落とした。そしたら割れた」
「お金あるんだから買い換えるとか、修理するとかの選択肢はないの…?」
瑠璃はポカンとして
「だって使えるし、携帯ショップ行くのってめんどくさいから」
航は、ルックスは最強にかわいく、白百合のように可憐なのに、内面はギャル…いや、男に近いと思った。
スタッフがドリンクチケット代600円と案内した。
瑠璃はヴィトンの長財布を取り出し、ピン札1万を出そうとした。
「まって、瑠璃、俺が払うから」
「別にデートでもないし、男の人におごってもらうことないけど?」
「いや、違うんだ。こういう所はお釣が出ないようにするのがマナーなんだ」
瑠璃は「航は駅からずっとマナーだのルールだのうるさいなぁ~。うちのマナー講師よりうるさいんだから」ため息をついた。
会場に入る。暗い室内に響く重低音。航と瑠璃は持ち物をロッカーに入れた。
「このチケットをカウンターで出してドリンクと交換するんだ」
会場の重低音が大きすぎて航の声がよく聞こえない
瑠璃は「え!?なんだって!?」
ふいに航の口元に耳を近づけた。
かわいく揺れるイヤリング。淡い香水の香り。そして目鼻立ちがはっきりした正統派美人の顔。
航は意識が飛びそうになった。
「そのチケットとドリンクを交換するの!」
ドリンクをもらって最後尾の椅子に腰かける。
瑠璃は不満そうに「遠いんだけど。ステージにいるスタッフが豆粒に見える」としらけた顔をする。
航は「そんな大げさな。どう考えても数十メートルだろ」瑠璃を見た。瑠璃はまったく聞いていないようだった。
照明が落ちた。
ギターの爆音が響き渡る。
シルバーメイデンのボーカルはMCもそこそこに、ライブを開始した。
「ギャアアアイン」6弦ギターが歪んだリフを弾き出す。ドラムは髪を振り乱しながら高速のリズムを刻む。ベースの地鳴りのような重低音。そして、ボーカルのデスボイス。
瑠璃の内臓に音楽が猛烈に流れ込んできた。
瑠璃はいてもたってもいられず、立ち上がってヘドバンをし始めた。
航は「瑠璃、ここはそういうことをしない席なんだ。落ち着けって!」
「これが落ち着いていられるのかっての!」瑠璃はますますヘドバンをし、手を挙げて騒ぐ。
ライブハウスのボルテージが最高潮に達したとき、中央に円形のスペースができあがった。
瑠璃はモッシュピットに駆け込もうとした。
「おい!瑠璃!」航は瑠璃の手を掴んで静止した。
「航!イヤリング取って、パンプス脱げばいいんでしょ!?」
「裸足じゃ危ないって」
「じゃあ!航のスニーカー貸して!」
瑠璃は無理やり航からスニーカーを奪うと、紐をこぶ縛りにした。
「持ってて!」
瑠璃は航にイヤリングとパンプスを放り投げた。
瑠璃はモッシュピットに入ると気が狂ったように走り回り、だれかれ構わず激突している。
そんな瑠璃に、航は唖然とした。
ライブが終わると夜も深まっていた。
下北の熱気は変わらないが、美味しそうな食べ物の香りが足されている。
ライブハウスから出る。混沌とした世界から現実世界に転生した気持ちになる。
瑠璃をみると・・・。
脛から血が滲み、ブラウスのボタンがよれよれになり所々、黒ずんでいる。
「大丈夫か瑠璃?」航が心配そうに聞くと、それをまったく聞いてなかったように「めちゃくちゃ楽しかった~。アドレナリン出まくり!」瑠璃は興奮して話した。
航は瑠璃から落ちた赤い髪留めのリボンを渡し「これ、落ちてたぞ」と瑠璃の手のひらに置いた。
瑠璃は「航、リボン付けて。さっき暴れすぎ手に力がはいらない」笑っている。
「俺、髪の結び方なんてわからないぞ?」と慌てた。
瑠璃は「これから帰るだけだから、適当でいいから。髪の毛束ねてそのリボンでとめるだけ」
航、お願い。瑠璃は航に背を向けた。
航は生唾を飲み込んだ。女の子の髪の毛なんて触ったことがない。
しかも、こんなに美少女の髪を。
瑠璃に近づくと、汗の匂いに混ざって、いつもの香水の香りがする。
航の手が震えてきた。
瑠璃の艶のある髪の毛をなでるように集め、リボンでとめた。
「ありがと」瑠璃は屈託のない笑顔で航を見つめた。
航の心臓はメタルのドラムよりも激しく鳴っている。
「じゃ、かえろ」瑠璃は航を置いていきそうな勢いでスタスタ歩きはじめた。
「おい、まてよ!瑠璃!」
「え?なんか用?」
【スニーカー返してくれ!!】
航は瑠璃のパンプスを手にぶらさげて、裸足で立ち尽くしていた。
自由奔放な瑠璃の無意識な攻撃に、何度も撃沈する航だった。
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