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第五十九話 帰る場所を作る仕事




 それから数年後。


 王国の公共家守管理令は、すっかり定着した。


 まだ問題はある。


 予算を削ろうとする者もいるし、精霊の声を都合よく利用しようとする者もいる。家守の数は足りず、見習い教育も試行錯誤が続いている。


 でも、制度は動いている。


 王宮、北境砦、灯りの家、王立孤児院、医療院、学校、各地の避難所。


 人が暮らす場所に、手入れと記録と礼が戻り始めた。


 ルカは立派な家守補佐になった。


 倉庫管理と避難所運営が得意で、最近では孤児院の子どもたちにも講習をしている。


 ミナは食堂運営に興味を持ち、焼き菓子と避難誘導を組み合わせた訓練を各地へ広げている。


 セリナ様は王立医療院の治療師として、火傷と凍傷治療の第一人者になった。灰色の手袋は彼女の象徴だ。


 セドリック殿下は、管理局改革で意外な粘り強さを見せている。眠れるようになった人間は、かなり変わるものらしい。


 マリア女王は、今日も忙しく国を回している。玉座の足台は、彼女を誇らしげに支えている。


 グレンは相変わらず無口で、過保護で、手紙の字が綺麗だ。


 そしてわたしは、今日も家守総監督官として、現場を歩いている。


 その朝、ノルデン砦の食堂には、焼きたてのパンの匂いが広がっていた。


 火守りが灰入れで丸くなり、井戸の子が水を揺らし、長椅子たちが兵士の重みに文句を言い、パン窯が得意げにパンを出す。


 グレンが入口席に座っている。


 もうその席は寒くない。


「おはよう、ミリア」


「おはようございます、グレン」


「今日は王立学校の点検だったな」


「はい。廊下が生徒の足音を覚えすぎているそうです」


「気をつけて」


「護衛計画は確認済みです」


「過剰ではない」


「はい、今回は」


 彼は少し笑った。


 食堂の窓から、春の光が入る。


 ルカが見習いたちを連れて倉庫へ向かい、ロイド副長が足音を静かにして歩き、エルンが厨房で新しいスープを試している。


 当たり前の朝。


 温かいパン。


 眠れた顔。


 きちんと閉まる扉。


 礼を言われる井戸。


 休むことを覚えた暖炉。


 それらは派手ではない。


 でも、国を支えるものだ。


 わたしは食堂の入口で立ち止まり、そっと礼をした。


「今日も、よろしくお願いします」


 食堂全体が、柔らかく返事をした。


 王宮を出た夜、わたしは一人ではなかった。


 火守り、鍵守り、寝台、パン窯、湯気の子、石鹸の子。たくさんのおうち精霊がついてきてくれた。


 あの夜は、退職の夜だった。


 でも今思えば、始まりの夜でもあった。


 家事魔法など要らないと言われた。


 だから、わたしは家事魔法で国を変えた。


 朝食は勝手に出てこない。


 火は勝手に燃えない。


 扉は勝手に守らない。


 寝台は勝手に人を眠らせない。


 けれど、名前を呼び、手入れをし、休ませ、礼を言えば、家は人を守ってくれる。


 わたしの仕事は、帰る場所を作ること。


 今日もどこかで、冷たい廊下や疲れた寝台や怒った井戸が待っている。


 だから、わたしは道具箱を持ち、記録帳を抱え、火守りを肩に乗せて歩き出す。


 背後で、グレンが言った。


「行ってらっしゃい」


 わたしは振り返って笑う。


「行ってきます」


 扉が、わたしの前で静かに開いた。


 そして、今日も家は、人を迎えるために息をした。


 ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます。


 これは、地味な家事魔法と笑われた仕事が、火を守り、水を清め、眠りを支え、食事を温め、扉を開け閉めしながら、少しずつ国の形まで変えていく物語でした。


 ミリア、グレン、ルカ、セリナ、そしておうち精霊たちの暮らしは、この後も続いていきます。


 温かい朝食と、眠れる夜と、帰ってきていい場所がありますように。

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