第五十八話 おうち精霊退職、その後の再就職
王宮から退職したおうち精霊たちは、その後それぞれの道を選んだ。
パン窯の精霊は、北境と灯りの家を行き来する火加減教師になった。
王宮育ちの繊細な技術と、北境で覚えた力強い焼き方を合わせ、各地の竈やパン窯に教えている。少し得意げすぎるところはあるが、砦の竈が横でたしなめるので、良い組み合わせだ。
王太子、今は王弟殿下の寝台だった子は、長い休養の後、王宮へ部分復職した。
ただし、完全専属ではない。
王宮寝台組合の相談役として、疲れた寝台の声を聞き、王族や高官の睡眠改善に口を出す。殿下は今でも眠る前に礼を言っているらしい。
火守りたちは、北境砦、灯りの家、王宮、医療院でそれぞれ働くようになった。
セリナ様の灰入れは好評で、火守り用の安全な休憩器具として正式採用された。彼女は少し照れながらも、改良版を作り続けている。
鍵守りたちは、家守制度において重要な役割を担うようになった。
鍵は、境界を知る。
誰を通すか、誰を止めるか。
それは扉だけでなく、人の関係にも通じる。灯りの家の鍵の子は、見習いたちに「境界線」の講義をする人気者になった。
洗濯場の石鹸の子は、王宮へ戻らず、王立医療院で働くことを選んだ。
清潔が命を守る現場で、自分の仕事が直接役に立つのが嬉しいらしい。セリナ様とは仲良しになった。
湯気の子は、浴室だけでなく凍傷治療の補助をするようになった。
長椅子の子たちは、避難所運営に欠かせない存在となった。
どの席に誰を座らせるか。
誰を近づけ、誰を離すか。
人間関係の微妙な距離を、椅子ほどよく知るものはない。
そして、王宮の大扉は、以前よりずっと落ち着いた。
わたしが王宮へ行くと、今でも客人として開いてくれる。
追い出すでも、閉じ込めるでもなく、通すべき人を通す扉として。
ある日、火守りがわたしに聞いた。
退職してよかった?
言葉ではないが、そういう気配だった。
「はい」
わたしは答えた。
「退職して、再就職して、働き方を選べるようになりましたから」
火守りは満足そうに頷いた。
退職は終わりではない。
合わない場所を離れ、休み、新しい契約を結ぶ。
人も精霊も、それができる社会の方が健全だ。
王宮で婚約破棄された夜、わたしはただ出ていくことしか考えていなかった。
けれど、出ていった先で、これほど多くの再就職が生まれるとは思わなかった。
わたし自身も同じだ。
王太子の婚約者を退職し、家守監督官になり、家守代表になり、ノルデン辺境伯夫人になった。
肩書きは増えた。
でも、どれも今は自分で選んだものだ。
それが何より大きい。




