第五十五話 一年後、灯りの家の朝
灯りの家は、一年でずいぶん賑やかになった。
街道沿いの休憩所として旅人が立ち寄り、家守講習所として見習いが集まり、避難所として地域の訓練にも使われる。
玄関の鐘は、毎日何度も鳴る。
鍵の子は忙しそうだが、嬉しそうだった。
ある朝、わたしはルカと一緒に灯りの家を訪れた。
彼はもう見習い札を自然に身につけている。背も少し伸びた。倉庫の箱だけでなく、人の顔色も見るようになっている。
「今日は何を見るか、覚えていますか」
「新しい寝室。旅人が朝起きると肩痛いって」
「原因の予想は」
「枕か、窓の風か、荷物置きがまた不安か」
「よろしい」
クレメントは王都常駐補佐になったが、月に一度は灯りの家へ戻ってくる。彼の記録書式はさらに洗練され、見習いたちから少し恐れられている。
セリナ様は王立医療院で火傷治療の専門になりつつあり、灯りの家では「灰色先生」と呼ばれていた。
グレンは北境と王都を行き来しながら、黒森監視所とエルダ記憶日の運用を続けている。
わたしは家守総監督官として忙しいが、以前のように休みを忘れることは少なくなった。
少なくなった、と思う。
寝台たちの監視が厳しいからだ。
灯りの家の食堂では、朝食の準備が進んでいた。
パン窯の後輩が焼いたパン、豆のスープ、蜂蜜入りの小さな焼き菓子。旅人たちが同じ卓につき、見習いたちが配膳する。
玄関の鐘が鳴った。
新しい旅人が入ってくる。
外套に雪をつけた母子だった。
子どもは不安そうに母親の手を握っている。
ルカがすぐに近づいた。
「食堂、こっち。あったかい。焼き菓子ある」
その言葉に、子どもの目が少し動く。
わたしは見ているだけで、胸が温かくなった。
助けられた子どもが、助ける側になる。
家は、そうやって記憶を渡していく。
昼前、グレンから手紙が届いた。
ミリア。
黒森監視所の家霊は落ち着いている。エルダ村の集会所も、今年の記憶日を楽しみにしているらしい。
ロイドはまだ字の練習中だ。
今夜、砦へ戻る。
あなたも灯りの家の仕事が終わったら、無理をせず帰ってきてほしい。
食堂のスープが、あなたを待っている。
グレン。
わたしは返事を書いた。
グレン。
灯りの家は今日もよく働いています。玄関の鐘が得意げです。
ルカの初期診断が上達しています。帰ったら報告します。
スープを楽しみにしています。
ミリア。
手紙を封じると、鍵の子が嬉しそうに見ていた。
家と家をつなぐ手紙。
それもまた、家守の仕事の一部かもしれない。
午後、問題の寝室を見たルカは、原因を見事に当てた。
窓の隙間風ではなく、枕でもない。
壁にかけられた古い絵が、旅人の肩を見下ろしすぎていたのだ。
絵の精霊は、昔の料金所長の肖像で、泊まる人を見張る癖が抜けていなかった。
「見張らない。見守る」
ルカが真剣に言う。
絵の精霊は困った顔をした。
「見守るって、ちょっと離れて、困ったら助ける」
その説明は、わたしが教えたものではない。
ルカ自身の言葉だった。
絵は少し高い場所から、柔らかい角度へ掛け替えられた。
翌朝、旅人は肩が痛くなかったと言った。
ルカは誇らしげだった。
灯りの家の玄関の鐘が、カランコロンと鳴る。
この家はもう、誘拐の怖い記憶だけの場所ではない。
旅人が休み、見習いが学び、子どもが焼き菓子を食べる場所になった。
古い家は、新しい役目を持つと若返る。
人も、きっと同じだ。




